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「何でオレに嫉妬なんか……」
「今までにもよくあったの。私の約束よりも貴方の方が先だって断られたのが」
(へ、へぇ……)
自然と顔が緩んでしまう。
「でも今日から私が陽介の妻ですしね! 細かいことは水に流そうと思って」
そう言ってあかりは鼻息荒く、胸の前で両腕を組んで仁王立ちをした。さっきまでオレに対して謝っていたとは思えないほど、まるで「天下を獲ったぞ!」とでも言いたげな態度だ。
「あのなぁ……」
その態度についてオレが一言物申そうとした時、遠くから彼女を呼ぶ陽介の声がした。オレ達の姿に気付いた陽介は、すぐに駆け寄ってくる。
「やっと二人、挨拶したのか?」
「え、ええ…」
「まぁ…」
気まずい雰囲気が流れる。それには全く気付かない陽介。
「あかり、早くホテル行かないと披露宴の時間押すぞ?」
「そうだった。それじゃ笠井さん、また……」
「涼も行くだろ? この後の披露宴」
「いや、オレはもう……」
「何だよ水臭えなぁ。お前の好きそうな美味い料理、いっぱい選んどいたんだぜ?」
陽介がそう言った瞬間、ギラリとしたあかりの視線が陽介とオレを交互に射抜いた。が、それに気づいたのは多分オレだけだ。
「へぇ~…そうなんだぁ。じゃあやっぱ行こうかなぁ~」
「陽介、無理言っちゃダメだよ。笠井さん、調子悪くて今日はもう帰るんだって」
(そんなこと一言も言ってねーけど!?!?)
でもまぁ帰ろうとしていたのは事実だったので、敢えて声には出さなかった。すると……
「大丈夫か? 涼。それじゃあ今度、引き出物だけ持ってってやるよ」
「な゛っ!?」
「マジで? サンキュー。じゃあ、新しいゲーム用意して待ってるな」
「はぁ!?」
「おぅ、楽しみにしてる」
そう言って陽介とオレはハイタッチして別れた。
あかりは終始挙動不審で、オレは彼女にだけ見えるようにアッカンベーをお見舞いしてやった。彼女は悔しそうにドレスのスカートを掴んで何度も地団駄を踏む。いい気味だ。
* * *
車に乗り込み、エンジンをかけてサイドブレーキを下ろす。ゆっくりと滑り出した車は、陽介と暮らしたあの部屋へと戻る。
変わらない過去があり、変わっていく未来がある。陽介はオレなんかに嫉妬した可愛い(?)あかりと今日、夫婦になった。でも俺は、陽介と二年半を共にしたあの部屋で、これからもまた一人で生きていく。
そしてこれからもきっと陽介は、度々俺の部屋を訪れて一緒にゲームをし、俺の育てたトマトでまたパスタを作ってくれるのだろう。その間あかりは、なかなか帰って来ない彼に嫉妬の炎を燃やすのかもしれない。
そんなことにほくそ笑みながら、オレはアクセルを踏み込むのだった。
<完>
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