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26:ハッパ同伴出勤
キリエが職場に、チンゲン菜を抱えて出勤してきた。
貯め込んだ非常食やコミック雑誌の類についてお説教したばかりなので、清掃中のユージンのこめかみにすぐ、青筋が浮かび上がる。
「デコピン十六連射をお見舞いされたいようだな、お前」
地を這う低い声に、キリエはすぐさま青ざめる。
「やめてくださいよ、高橋名人! 先輩にお願いがあって、持って来たっす!」
「なんだよ、お願いって」
抱え持ったチンゲン菜を見下ろして、キリエは肩をすくめる。
「このハッパ、昨日中学時代の後輩から貰ったっす」
「ハッパって言うな。お前のビジュアルで言うと、誤解しか生まんだろ」
スタッズのついたレザージャケットにショートパンツ、そして蛍光色のカラータイツを合わせた出で立ちを、ユージンはしげしげ眺めて言った。
「すんません。えっとチンゲン菜だっけ?の、調理方法が分かんなくて。貰ったはいいけど、困ってるんすよ。先輩、料理上手っすよね?」
「まあ、人並みには」
自分の机に手をつきながら、ユージンはため息。
「調理方法を訊くだけなら、わざわざチンゲン菜同伴で出勤しなくてもいいだろ。通勤中、変な目で見られたんじゃないのか?」
袋にも入れず、裸のチンゲン菜を携えての出勤。ひょっとしなくても変人と思われるだろう。
へへ、とキリエははにかんだ。
「大丈夫っす。遠巻きにヒソヒソされただけっす」
「大丈夫じゃねぇよ。手遅れだよ」
再度ため息をつくも、なんだかんだで彼は面倒見がよく。
「……分かった。レシピを教えてやるから、チンゲン菜はしまってろ」
「あ、いや、教えてもらうだけじゃなくてですね」
「ん?」
「せっかくだから、先輩ん家でお料理教えてもらいつつ、手料理食べたいなーとか思って」
存外可愛い上目遣いで、キリエはユージンを見つめる。おねだり攻撃だ。
「どんだけ厚かましいんだよ、お前は!」
だが当然、彼はキレた。ぶちギレた。机をバンバン叩く。
「なんでお前のために、そこまでしてやらにゃいかんのだ! 自分でなんとかしろ!」
「そう言わないでくださいよー。ハッパ苦手なんすよー、なんか匂いとか独特でー。あたしだけじゃ、食べきれる自信ないっす」
「ハッパと呼ぶな!」
ギャーギャー騒ぐ二人の耳に、パンパンと手を打ち鳴らす音が聞こえた。口論を一時中断して、音の出所を見る。
二人の喧嘩を中断させたノアは、にこにこ顔で両者を見る。
「いいじゃない、ユージン君のお料理教室。僕も行きたいなぁ」
面白い方に乗っかかるのが、ノアというおばさんっぽいおじさんである。途端、ユージンはげんなりとした。
「……何が悲しくて、職場の上司と後輩に、手料理を振る舞わなきゃならんのですか……」
「まあまあ。手間賃は払うからさ」
なだめにかかるノアに、キリエも便乗。
「そうっすよ。チンゲン菜、たくさん食べていいっすよ」
「お前の貰いものだろうが。自分で食えよ」
便乗して嫌いなものの処理を押し付ける後輩に、ますますげんなりする。
しかし彼も、すでに悟っている。
二人がかりで来られた場合、どうせ押し切られるのだと。
だから彼は、遠い目になり天井を仰ぎ見た。
「……どうせ断っても、ついて来るんでしょ?」
「さすが、ユージン君。そう、僕は君の上司だからね。住所だって把握済みなのよ」
「足には自信あるんで、猫状態の先輩にも追いつきますよ!」
やる気満々の返答が、すかさずあった。
住所までバレているのならば、巻いたところで無駄である。
アパートまで押しかけ、キリエの爆破魔術で扉を破壊されるのがオチだろう。
そんな目に遭っては、敷金がパアである。
両手で顔を覆い、深々と息を吐いた後、ユージンは暗い目になって二人を見た。
「いいですか。夕飯食べるだけですからね。お泊りは絶対許しませんから。蹴って追い出しますよ」
念を押すユージンに、ノアはウィンク。
「大丈夫よ。僕だって、妻の寝顔見て寝たいし」
「うっす。先輩の隣で寝るとか、ちょっとした罰ゲームっすよね」
わざとらしく我が身を抱いて、「貞操の危機っす」とぼやくキリエ。
これにユージンは、当然ながら怒鳴った。いつもの額グリグリも作動する。
「俺にとっては、お前らを招き入れることが罰ゲームなんだよ!」
「あだぁ!」
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