1:ヤンキー令嬢の目覚め

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1:ヤンキー令嬢の目覚め

 きらめくシャンデリア。深紅の絨毯。染み一つない、真っ白なテーブルクロスに覆われたテーブル。そしてその上を彩る豪奢な花と、クリスタルガラス製のワイングラス。  どう見ても高級なホテルの、どう見ても金のかかった会場に、キリエは気後れしていた。  金がかかって当然である。  今日は、彼女たち上流階級のご令嬢の、デビュタントの日なのだ。  今年十七歳を迎える少女たちは舞台に立ち、エスコート役や両親の視線を受けながら、純白のドレス姿で楚々(そそ)と立っていた。  その中に、いかにもつまらなさそうな顔のキリエもいる。彼女を見つめる両親の顔も、同じく苦々しい。  キリエは不良娘だ。  とはいえ、クスリも酒も煙草もやらない。売春の類も行わない。もちろん買春もしない。  ただ喧嘩や遊びが好きな、ある意味健全で健康的な不良なのだ。  親の期待を全力で引き裂いて来た半生だが、今日ばかりは一応大人しくしている。 「せめてデビュタントは済ませてくれ。それ以上、お前には何も期待しないから」  こうまで親に言われては、大人しくせざるを得ない。  なにせまだ未成年。実家を放逐(ほうちく)されては、お先真っ暗だ。  それこそ、売春で食いつなぐ未来が待っているだろう。  そんなわけで不慣れな総レースのドレスに身を包むキリエだったが、体が重かった。  決して、気後れゆえの精神的な重さではない。  体も熱いのだ。  知恵熱でも出ているのだろうか、とキリエは平素以上に働かぬ頭で、ぼんやりと考える。 「化野(あだしの)キリエ嬢」  しかし無情にも順番は回り、司会が彼女の名を朗々と読み上げる。  ここ一週間で叩き込まれた動きを反芻(はんすう)しながら、ややぎくしゃくと、彼女は舞台の中央へ立つ。  そしてエスコート役の、従兄が彼女の前に立った。  キリエの令嬢らしからぬ武勇伝を、聞き及んでいるのだろうか。彼の表情は、恐ろしく硬い。  エスコート役をさせて申し訳ないな、と思いつつも、そこは叩き込まれた手順が勝った。  差し出された彼の手に、自分のものを重ねる。  瞬間、体に溜まっていた熱が、外界へ放出されるのを知覚した。  熱は体内に渦巻く魔力だったのだ、と遅れて気付く。  それと同時だった。  キリエが触れている箇所から、従兄の手袋が、ジャケットが、真っ白なシャツが、次々と破裂していく。  ものの二、三秒の出来事だった。  あっという間に従兄は、全裸になっていた。  彼も含めて、会場がぽかん、と頭真っ白状態に陥る。  彼らと同様に呆然としていた、キリエの視線がつい、下へと降りる。  生まれて初めて、男性のナニをこの目で見てしまった。 「うわああああああ!」  自分から見たくせに、キリエは絶叫と共に、鍛え抜かれた腕力でもって従兄の頬を打ち抜いた。 「ぶえっ」  きりもみして、従兄が倒れる。  その暴力沙汰すら唖然と見つめていた社交界の住人たちであるが、 「こっ……攻性(こうせい)魔術だ!」 誰かがそう、叫んだ。  この声が、人々の自我を取り戻させる。  と同時に恐慌へと突き落とした。  彼らは銘々に叫び声を上げて、会場を飛び出していった。もはや礼儀作法も何も、あったもんじゃない醜態ぶりである。  気絶した従兄と、彼を殴り飛ばしたキリエだけが、その場に残された。 「攻性魔術って……あたしが?」  青ざめた顔でそう呟き、キリエは顔を曇らせる。
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