陰間「百合」誕生

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「おい、わかったかのか? いいか、この華屋は湯島じゃ一番の茶屋で、多くの役者を輩出してる老舗だ。そして楓はその先達の中でもいち早い昇給を果たした大華で、将来は間違いなく芸の世界の立役者になる存在なんだ。機嫌を損ねるんじゃねぇぞ。悪態でもついてもらえただけありがてぇと思え」  脂の乗った顔を、ずい、と寄せられる。 「……はいはい。けどさ、俺が一番になる可能性もあるよね?」 「ははは、なに戯言を言ってやがる。お前みたいな仕込み期間もない年増じゃ無理だよ。ま、(つら)も体も悪くはねぇからせいぜい小花目指して頑張んな」  間髪も入れず、旦那は肩を揺らして笑った。 「年増じゃない! 俺は一六なんだろ! 芸だってできる。見てろ、絶対にここでナンバーワンの大華になってやる!」  俺は腹に力を込めて啖呵を切った。  旦那がフン、と鼻を鳴らす。 「……なら、まずその言葉を直せ。女形ができなきゃ芸も体も売れねぇ。いいさ、見ててやる。この華屋で大華になれりゃあ、好きにさせてやろうじゃねぇか」 「言ったな。忘れんじゃねー……覚えておいて下さいね!」  俺の取ってつけた丁寧語に高らかな笑いを出して、旦那は階下に降りていった。 「見てろよ、すぐにナンバーワンを取ってやるから! それで、体を売らなくていいようにするんだからな!」    階下に向けて怒鳴り、強く心に誓った──ここは江戸時代。高級茶屋とはいえ、部屋は薄い壁で仕切られているだけ。俺の啖呵が茶屋内に響き渡っていて、一気に敵や野次馬客を作っていたなんて気づきもせずに。
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