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「いつまで寝てるつもりだい。早く起きな!」
「!」
目を開けると知らない天井、知らない顔。
「新入りが一番最後に起きるなんて、なってない。さっさと目を覚まして全員の布団を干しな。華ねえさん達のも全てだよ!」
新入り、華ねえさん……そうだ。ここは江戸・湯島の「華屋」
俺は昨夜から華屋の「若草」として陰間部屋に入ったんだ。
立て続けに色んなことがあり過ぎて頭が混乱してる。だからとうに封印して忘れていたはずの過去なんかを夢に見てしまったんだ……。
「聞いてんのかい?」
「痛った! なにすんだ!」
未だボンヤリと呆けているところに耳をつねられ、むかついて手で払うと、目の前の平凡な容姿の陰間が忌々しそうに俺を睨んだ。
そう言えば昨夜、行燈が一つだけ置かれた仄暗い中で、俺付きになった金剛から紹介されたんだ。こいつが若草の一番手だから世話になるように、と。確か名前は……。
「なずな、離せよ」
「なずな、さんだ! 身のほど知らずの新入りが。ちょっとばかり面がいいからってあんな大見栄まで切ってさ。しかも花の名前まで頂くなんて。私は絶対認めないからね。とにかくさっさと起きて布団を片すんだよ!」
最後にもう一度俺の耳をつねり、言葉を吐き捨てて若草部屋を出ていく。
腹立つー! 花の名前ってなんだよ、知らないよ。あいつ、どう見たって十四、五じゃん。年下のくせに偉そうに。
とはいえ、現代の芸能界と同じで、入所した順で序列が決まっているんだから仕方ないのだ。俺だって芸能人の端くれだ。それくらいはわかってる。上に立ちたきゃ売れるしかない。
「それより、布団全部って」
華屋には華が三人、小花が八人、若草が六人と俺。若干気が滅入りはするけど、上京してからは食っていく為に引越しや清掃のバイトもやってきた。力仕事には自信がある。
「うしっ、やるか」
昨日もらった若草用の綿の着物に袖を通して、この若草部屋と隣の小花部屋の集団部屋、そして華達の個室を回っていく。
それにしても誰もいないのはなぜだ? 時間はわからないけど、太陽が真上より低いから十時頃だろうか。
「十時かぁ。そういや腹も減ったなぁ」
「 百合、なにやってんだ!」
最後の布団を干し終わって腹をさすっていると、突然後ろから野太い声がした。
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