初仕事へ意気揚々

3/7
前へ
/427ページ
次へ
 セントラルプロモーションに着くと、権藤さんのマネージャーだと名乗る中年女性が俺を出迎え、頭の上から足の先まで視線を巡らせ確認した。 「鏑木悠理さん、ね。どうぞ」  案内されたのは事務所の一室。小綺麗なビジネスホテルのシングルルームを思わせる部屋だった。 「権藤は貴方の用意が整い次第スタンバイしますので、シャワーを済ませたらこちらを着てお待ち下さい」  扉が開かれたバスルームの前で渡されたのは、フカフカのバスローブ。 「シャワー? バスローブ? 台本読みをするのに? ですか?」 「ご確認はされてのことかと。隅々まで清潔になさって下さいね。では」  マネージャーは事務的に言うと、一礼して去っていった。  ご確認されてのことかと、と言われたらやるしかない。仕事内容の確認を怠ったことがバレてしまう。権藤さんがいたく潔癖だから、ってことかもしれないし、ペーペーの俺が知らないだけで、台本読みの前のシャワーは今やギョーカイの常識なのかもしれない。いや、それより食事や風呂にも入れないくらいに集中するから、先に済ませとけってことかも。  俺はいつもの二倍増し、体を丁寧に洗った。シャワーの熱い湯は闘志をより湧き立たせ、自分にとっても(みそぎ)のようなものに感じた。 「よしっ」  バスローブに身を包み、濡れた髪を整える。乾かしておいた方がいいかな、とドライヤーを手に取ったところでインターフォンが鳴った。  権藤さんだ……!  慌てて部屋のドアを開けに走る。 「権藤さん! このたびはご指名ありがとうございます! 鏑木悠理です。今日はよろしくお願いいたします!」 「ああ、とりあえず中に入れてくれ」 「は、はいっ。失礼しました! どうぞこちらへ!」  俺の部屋じゃないのにおかしいけど、他に言葉も見当たらない。とにかく失礼がないように、だ。  ──しかし凄い威圧感……。  権藤さんは強面に百九十センチ近い背丈、筋肉がシャツの上からでもわかるほどに鍛えられた体をしている。確か還暦になると聞いているけど、年齢を全く感じさせない姿はさすが敵役OF敵役。  半端ないラスボス感に圧倒されて直立していると、権藤さんはベッドに腰掛けるよう、顎で促した。 「さっそくヤろうか」  挨拶もそこそこにもう台本(ホン)読みか。さすが権藤さん。気合いが違う。 「は、はい! 宜しくお願いします!」  俺は鼻息も荒くベッドに腰掛けた。  でもそういえば台本は……権藤さんを見上げるその途中、権藤さんの体が俺に被さった。  えええ? なんだ、これ──。
/427ページ

最初のコメントを投稿しよう!

517人が本棚に入れています
本棚に追加