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翠香は懐に小刀を収めると、ゆっくりと時間をかけて、思文にこれまでのことをすべて話した。父亡き後の実家での生活、前王朝派の元許婚から仲間にならないか誘われたが断ったこと、皇帝暗殺の決意を秘めて後宮へ来たこと、弟から話を聞いて皇帝への恨みが間違いだと気づいたこと、翠香と思文が初めて会った夜に追いかけていたのは元許婚だったということも。
「私は復讐のために後宮へ来ました。それに、側室として皇帝陛下のお子様を産むこともできません。ここにいる理由はないと思っています。ですから、傷が癒えたら故郷に戻ろうかと」
話している間、翠香は自分の胸の痛みに驚いていた。故郷には弟がいるし、また子供たちに剣術や書道を教えられるのは嬉しいことだし、翠香が村を出てから野菜泥棒が横行していると元許婚が言っていたのでその対処もするつもりだ。後宮でひとりでぼんやりしているよりずっと有意義な生活ができるというのに、いったい、どうして。
「そうか」
思文は眉を曇らせ、赤く染まり始めた空へ視線を向けた。
「それは……残念だな。実は俺はあんたに……いや、やめた。この期に及んで、だせぇもんな……」
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