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翠香は目の前が暗くなり、身体が地の底へ沈みこんでいくように感じた。かつての許婚は悲痛な面持ちで翠香を見つめた。
「君が新皇帝の側室になるって噂を聞いて、これだけは伝えておかなくちゃと思って訪ねてきたんだ」
もしも翠香が十代で、経験の浅い未熟な小娘だったら、あるいは農家や商家の娘なら、顔を覆って悔し泣きしたかもしれない。だが、翠香は若くはなく、そして武家の娘だった。
「私、許せない」
声を震わせながら翠香は言った。春の雨風に身体は冷えきっていたが、腑は煮えくりかえっていた。
「そんな人が皇帝になるなんて間違ってる。約束を違え、勝利に貢献した仲間をくだらない政治的理由で見殺しにするなんて、武人としてあるまじき悪行だ」
「その通りだ。俺は今、前王朝派の拠点にいるんだ。俺たちは新王朝から都を取り戻そうとしてる。時が来れば蜂起する。君も来ないか?」
「前王朝派…? 蜂起……?」
「うちには素人も多いから、君が剣術の稽古をつけてくれたら頼もしいよ。俺は明日の朝までここにいる。ゆっくり考えてみてくれ」
「うん……わかった……」
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