31人が本棚に入れています
本棚に追加
3.初夜
後宮には皇帝と皇后の住まう本殿の他にいくつもの離れがあり、翠香はそのひとつに案内された。陽当たりが良く、竹垣で囲まれ、小さな庭と池のある平屋の屋敷は、翠香とその身の回りの世話をする者たちだけで暮らすにはあまりに広過ぎた。
日が暮れると、翠香は花嫁衣装を脱いだ。もしかしたら皇帝から「挨拶に参れ」と呼び出しがあるかもしれないと思い待っていたのだが、彼からは伝言のひとつも届かない。
重い衣装や装身具から解放され、化粧を落として身体をふき、女官が用意した夕食を取ると、翠香は寝室へ向かった。初夏の夜は肌寒く、毛織の布を身体にかけて真新しい寝台へ横たわった。
私、今日、一応、結婚したのよね、夫となる人と顔を合わせることも言葉を交わすこともなかったけど。目を閉じ、翠香は胸の中で自分自身に話しかけた。子供の頃に思い描いていた嫁入りと現実との落差に皮肉っぽい笑いが漏れ、かつての許婚の顔がまぶたの裏に浮かんだ。
「素振りしよう」
最初のコメントを投稿しよう!