1.花嫁行列

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「なら、くだらねえこと言うな。だいたい、あんたに年頃の娘なんていたか?」 「歳は二十四だ。君のふたつ下だな」 「売れ残りを俺に押しつけるのかよ。あ、それとも出戻りか?」  思文の質問には答えず、初老の男は目を伏せ、自分の懐に右手を入れた。やがて取り出したのは小さく折りたたんだ紙だった。しわだらけの手がそれを広げると恐ろしいほど勢いのある達筆で“ご武運”と記されていた。 「いい字だろう。娘は五年前から近所の子供たちに書道と剣術を教えてる。我が家の家訓は文武両道。馬術、弓術、槍術、棍術、古琴も得意だ」 「思いっきり武の方に偏ってんじゃねえか」 「やかましい。この“ご武運”は君にやろう」  有無を言わせぬ口調で言われ、思文は渋々と“ご武運”を受け取った。娘が父のためにしたためた書は今にも寒風に吹き飛ばされそうで、思文は早々にそれを懐にしまいこむ。それを見て、男は晴れ晴れとした様子で目を細めた。 「思文、娘を頼む。ただし、あの子には指一本たりとも触れないでくれ」  側室にしろと言っておきながら、なぜ。問おうとした思文の言葉を彼はさえぎった。
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