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翠香は木刀を握りしめ、そっと竹垣へ近づいた。後ろから頭を殴ってやろうと木刀を振りかぶった時、男は翠香に気がつき、こけつまろびつ逃げ出した。
逃げるということは、やましいことがあるのだ。翠香は竹垣をよじ登ってのり越え、男を追いかけた。翠香には長年に渡り故郷の畑の野菜泥棒をとっちめてきた実績がある。
男は蔵が立ち並ぶ区画へ駆けていき、翠香は遅れることなく寝巻き姿で追跡した。そして男はひときわ大きな蔵の角を曲がるや否や、忽然と姿を消してしまった。
悔しい、見失った。足を止めて息を整えつつ翠香が地団駄を踏んだ時だ。何者かに背後を取られていた。頬の横に押し当てられた真剣の先をちらりと見て、翠香は木刀を地面へ放り出した。
「潔いじゃねえか」
余裕を含んだ男の笑い声が聞こえた。
「何者だ? 後宮へ忍び込んだ目的は? 素直に答えりゃ、命までは取らねえよ」
居丈高で粗暴な物言いに翠香は毅然と応じた。
「私は忍び込んでなどいません。離れの近くに怪しい男がいたので捕まえようとしていただけです」
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