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第2話 異世界に招かれました
「ただいま、コウ」
「ワンワン!」
家に着いたあたしは今日も玄関脇の犬小屋にて自宅の警備をしてくれていた愛犬のコウ(つぶらな瞳と振っている尻尾が可愛い)の労を労い、玄関の鍵を開ける。
家に入って台所にある冷蔵庫から冷えたジュースのペットボトルを一本取り出し自室へ向かう。
部屋に入ってテレビの前に座り、ゲームを起動する。さあ、昨日の続きを再開する時がいよいよやって来ました。
いかにも最後っぽいセーブポイントから我らがパーティーの冒険の続きが始まります。
コントローラーを操作してパーティーを歩かせていくあたし。パーティーというのは自分の操作する自キャラの一団のことだ。
ダンジョンに入る前にしっかりとレベル上げして装備も整えたのでみんなきっちりと戦えている。
あたしは全滅するのは嫌なので準備はきっちりしていく派だ。向こうみずな特攻をしたりはしない。
厳しいザコ敵と仕掛けのある魔王城を抜け、いかにも何かが待っていそうな広間へとやってきた我がパーティーをラスボスっぽい奴が出迎えた。
『よくここまで来た、褒めてやろう。人間の絶望こそ我が力……』
「はいはい、戦いましょうね」
さあ、戦いだ。あたしは魔法で受けたダメージをしっかりと回復しながら奴を倒した。しっかりと準備をしてここまで来たあたしなら楽勝だ。
だが、そいつはラスボスでは無かった。さらなる黒幕が現れた。
『聖も魔も全ての命は死に絶える。真の絶望を知るがいい』
「いるなら先に言ってよね。MP無駄に使っちゃったじゃない」
さすがにこの消耗した状態で連戦はまずい。覚悟するあたし。
だが、その場に現れた竜神様が回復してくれた。
「ありがとう、竜神様。さあ、ラストバトルよ」
そして、黒幕を倒してさらに変身した奴を倒して、あたし達のパーティーは無事にエンディングを迎えることが出来たのだった。
「まさか黒幕が裏の竜神様だったなんて。おっとネタバレは駄目ね。ふう、また一つ世界を救ってしまったわ」
これがゲームでなく現実だったら、あたしはもうどれだけの世界を救った功績を残してきたことになるのだろうか。
片手の指では数えきれないぐらいだ。数えようとして止めた。
今はこのゲームをクリアした余韻に浸っておこう。
あたしはエンディングの流れる画面を見ながらジュースを飲もうと思って手を伸ばした。その時だった。どこからともなく不思議な声がしたのは。
「あなたは今までに勇者を導いて多くの世界を救ってきましたね。あなたがふさわしいです」
「だ……誰!?」
いきなりした声にあたしはびっくりしてジュースを取ろうとした手を引っ込めてキョロキョロしてしまう。
不審な物は何もない。いつもの部屋である。ならば声の出どころは……
「あれか……」
すぐに気が付いてあたしは恥ずかしさを誤魔化すように座り直した。
何てことはない。喋ったのはテレビだった。
今時のゲームにボイスがあるなんて何も珍しいことではない。このゲームが今まで喋らなかったから驚いただけだ。
テレビの中、スタッフロールの終わった画面に天使のような女の子が現れて話しかけてきていた。
「多くの世界を救ってきた異世界の者よ。あなたにあたし達の世界ファンタジアワールドに来て勇者を導いてもらいたいのです。来ていただけますか?」
「もちろん!」
あたしの答えは決まっていた。これはきっとクリア後のイベントなのだろう。これからさらなる冒険が始まるのだ。そう思っていた。
だが、事態はあたしの想像よりも斜め上に行っていて……天使の少女は嬉しそうに礼をして可愛らしいステッキを振り上げた。
「ありがとうございます、異世界の導き手よ。では、神様の力をお借りしてあなたをこの世界に召喚……ほら、神様。早く力を貸してくださいよ。良い子が見つかりましたよ」
「うむ、分かっておるわい。そう急かすなよ。ほら」
「……お借りして。あなたをこの世界に召喚します。せりゃ」
そして、光が広がって。あたしは気が付くと別の世界に来ていた。
そこは広い雲の上だった。天上の世界だろうか。見渡す限り地平の果てまで青い空と白い雲が広がっている。
何も無いわけではなく、近くの雲の上には室内にあるような調度品や小道具が置いてあった。
そして、あたしの目の前にはテレビよりもっとリアルに見えるようになった天使の少女がいた。
「これってVR?」
「ここはファンタジアワールドです」
「なるほど」
よく分からないが、あたしはゲームの世界に来てしまったようだ。本当によく分からないが。
頬を抓ってみてもそれで何かが変わったりはしない。ただ痛いだけだった。
あたしがゲームをクリアしたばかりのぼんやりと高揚した頭で現状を確認しようとしていると、天使の少女が椅子の後ろに飛んでいってそこに隠れている物を引っ張り出そうとしていた。
「ほら、異世界から導ける者を呼びましたよ。神様、出てきてください。かーみーさーまー」
「本当に大丈夫なのか? 異世界から人を呼ぶなどして。わしは知らんぞ」
「大丈夫ですよ。今時異世界から人を召喚するなんてよくあることですから。人畜無害そうでぼんやりしている覇気の無さそうでぼっちそうな子を選びましたから。神様でも声を掛けられるはずです」
「あたしもう帰ろうかな」
何だか悪口を言われてる気がする。あたしが形だけ回れ右しようとすると(そもそもどうやって帰ればいいか分からない)、天使の少女が顔を上げて何かを思いっきり引っ張った。
「ああ、待ってください! ほら、神様出ろーーー!」
何かがすっぽ抜けて転がってきた。
すってんころりん。あたしの足元に来たのは白い髭を生やした老人だった。あたしはマジマジと彼を見下ろした。
「何このゴ……ご老人は」
危ない、危うくゴミというところだった。老人はめんどくさいとお兄ちゃんが言っていたので気を付けないとね。言葉遣いとか。
教えに従い、あたしは機嫌を損ねないようにふるまった。
老人はすぐに立ち上がって偉そうにふんぞり返った。
「うむ、わしはこのファンタジアワールドを見守る神じゃ!」
「へえ、神様」
じっと見つめていると彼は冷や汗をかき始めたようだ。
「この子、わしのことをじっと見てくるんですけど!」
「ああ」
どうやら無礼を働いたようだ。見つめないようにしよう。
あたしはついっと視線を逸らした。その先に天使の少女がいて彼女が言ってきた。
「あたしはお助け天使のヘルプちゃんです! 神様はあなたに用があってここへ呼んだのです。ほら、神様。用件を言ってください」
「うむ、分かっておる。お前を呼んだのは他でもにゃい」
「…………」
「…………」
噛んだ。噛みましたよ。何か言った方がいいのだろうか。あたしもヘルプちゃんも特に掛ける言葉が無かったので、黙って続きを待つしか無かった。
沈黙する空気の中、神様は改めて言い直した。
「お前を呼んだのは他でもない。経験の豊富なお前に勇者を導いて欲しいのじゃ!」
「うん、そういうことなら。いいですよ」
「いいのか?」
「はい、今はテスト前じゃないからゲーム出来るし、晩御飯の時間までに帰してくれればそれで」
「うむ、その時間には帰れるように取り計ろう」
あたしは少しぐらいはこの状況を不信に思っても良かったかもしれない。だが、そんなことよりも面白そうなことが起こりそうな予感にあたしの胸は打ち震えていた。
何せ学校や家にいても暇なんだし。面白そうなことがあるならやってみたい。
リアルよりも空想が好きなあたしであった。
「では、お前にこの世界の地上において神と同等の力を行使できる権限を与えよう」
「わあ、ありがとうございます」
あたしはもらえて嬉しいと思っただけで、ヘルプちゃんの『神様が面倒な問題をこの人間に丸投げした』と言いたげな視線には気づかなかった。
あたしは神様と快く握手を交わした。神様は杖で横にある転送ポータルっぽい装置を示した。
「では、あれに乗って早速地上に行ってくれ。分からないことがあればいつでもヘルプちゃんを呼んでくれて構わんからの」
「はい、分からないことがあればお教えするのがあたしの仕事です。困った時にはいつでもこのヘルプちゃんをお呼びください」
「ありがと。……っと、出かけるその前に」
「なんじゃ?」
足を止めて振り返るあたしを神様が不思議そうに見つめた。あたしはお洒落さの欠片も無い冴えない楽なだけの普段着で両手を広げて言った。
「勇者を導くならこんな冴えないずぼらな私服じゃ張り合いが出ないと思うんですよね。何か良い服があれば見繕って欲しいのですが」
「そうじゃな。では、神の奇跡を振るうとするか。何かリクエストはあるか?」
「んと、じゃあねえ。魔法使いっぽいので」
「心得た」
人を導くのは魔法使いだと童話の世界では決まっている。それにあたしは魔法使いが好きだった。
チクチクと敵を攻撃する戦士達の後姿を見ながら高らかに呪文を詠唱するあたし、準備が出来たところでかっこよくドーーーン! 実に絵になる光景だ。
まあ、今回のあたしの仕事は勇者を導くことだから余計な事をするつもりは無かったが。
考えている間に神様の準備が整って、振るわれる奇跡の光があたしの体を包み込んだ。
「奇跡の力をお使いになるなら、他に使い道があったのでは……」
ヘルプちゃんの呟く声はあたしの耳にも神様の耳にも入らない。
光が収まると、あたしの姿は冴えないださい私服からお洒落でかっこいい魔法使いの物へと変わっていた。
「おお、ファンタジーっぽくなった。神様、良いセンス」
「そう言われると頑張ったかいがあったわい」
「いいところを見せようとして頑張りましたね」
ヘルプちゃんも嬉しそうだ。とてもにこやかに微笑んでいる。
あたしは今度こそ転送ポータルに乗って地上へ行くことにした。
「じゃあ、行ってきますね」
「この世界を任せたぞ」
「はいはーい」
機嫌よく答えるあたし。世界を任されるって良い気分。
そんなことをのんびりと思いながら、あたしは天界から地上へと向かったのだった。
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