故郷に降る雪

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 電話から二日後、弁当を食べながら俺は新幹線に揺られていた。急に決まった帰省だったため、年が明ける前に終わらせなくてはいけない仕事は山積みだったけれど、日付が変わる前にはなんとか帰路に着くことができた。上司に事情を話し、帰省したい旨を伝えると、有給休暇をまだろくに使っていなかったこともあり、すんなりと受理された。 「こんな時に言うのもおかしい話かもしれないけど、君だって相当疲れてるだろう?ゆっくりとはいかないかもしれないけれど、頑張りすぎないようにな」  弁当をエナジードリンクで流し込みながら食べていると、だんだん食欲が失せてきて、俺はそのまま弁当の箱をビニール袋にしまった。窓から外の様子を覗くとまだまだオフィスビルや家電量販店の派手な看板が目について、全然遠くまで来てはいないことを感じた。夜は寝ようと躍起になってもいつまでも寝付けないはずなのに、気づいたらそのままどっぷり眠りに落ちていた。 「わあ、雪降ってるよ!寒いんだねえ」  その声で目が覚め、外を見ると確かに質量の軽そうな雪がひらひらと舞っていた。柔らかそうだった。俺の二席くらい前に座っている親子連れ楽しそうな声が聞こえて来る。彼女たちも一足先に帰省だろうか。もしかしたら、夫は仕事で後から来るのかもしれない。  故郷の雪を見るのは久しぶりだった。だからといって、特に感慨深いことも何もない。もう少し厚着をしてくれば良かったなと思ったけれど、もうすでに時遅しで、震えながら新幹線を降りた。新幹線の中の親子は温かそうな格好で賑やかに改札の向こうへ消えていった。  彼女たちに続いて外に出ると、実家のシルバーの軽自動車が駐車場に停まっていた。軽く窓を叩こうとしたところで母がすぐに気がつきドアを開けた。 「父さんは?」  開口一番そう聞くと、母は「わりと軽かったみたいで手術はしなくてもいいって。でも、まだ少し入院して経過観察かな」  母はそう言って、恐る恐る車を走らせた。昔から運転は下手な母だった。実家にいるとき運転役は大体父の仕事で、父がいない時など、どうしても母が運転しないといけない時は子どもながらにハラハラさせられたものだった。 「変わろうか?」  給料を貯め、無理して買ったスポーツカーは、今日はアパートの駐車場に置いてきていた。申し出に対して「あんたは疲れてるでしょ」の言葉で一蹴され俺は大人しく助手席に収まった。俺はそんなに疲れているように見えるのだろうか。 「そっちはもう雪降ってるの?」 「こっちはまだらしいよ。新幹線から降りたら寒くて驚いてる」  母は素っ気ない俺の返事にも昔から慣れていて「そう」とだけ返し、そこから病院までの道はお互いにひたすらに無言だった。方向音痴な母でも数回通っているうちに父の病室は覚えたらしく、看護師の忙しい手を煩わせることもなく無事に面会することができた。父はもうすでに大部屋に移っており、 「父さん、修司帰って来てくれたよ」 と母が声をかけ、後ろから顔を覗かせると父は、「ごめんな、大したことねえんだ。わざわざ来てもらって悪かったな」と笑った。久しぶりに会う父は以前会った時と変わりはないように見えたけれど、それは俺が無関心だったから分からなかったことで、妹が来ていればもっと別の反応を見せていたのかもしれない。元々両親とは仲は悪かったわけではないが、俺が思春期を向かえた頃から関係性はそのまま距離を置いたままの状態になっている。
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