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②
「分かるだろう、クリスティーナ。君を愛しているけど、こうするしかないんだ」
太陽の光が燦燦と降り注ぐ庭園で、私を抱きしめながらカーティスは耳元でそう囁いた。
「分かりません。愛していらっしゃるならなぜ……、一緒にはいられないのですか?」
「そうか、君はまだ子供だからね。俺には伯爵家の嫡男としての立場がある。君の父親は罪人だ。可哀想だけど一生付いてまわるんだよ。歴史ある家の名前を汚すことは出来ないんだ。理解してほしい」
胸が張り裂けそうだった。
幼い頃に家同士の間で決められた婚約。それでも会うたびにカーティスに心が惹かれて、いつしか夢中になり、カーティスのことばかり考えて生きてきた。
人見知りで消極的な性格の私は、パーティーの類にはほとんど出ることがなかったが、カーティスはどのパーティーに出ても令嬢達の憧れの的だと聞いていた。歳は三つ上で銀色の髪に、マチスという青い薔薇のような深いブルーの瞳が美しいカーティスはどこに行っても目立つ存在で、彼の婚約者でいられることは私の喜びだった。
私が十八になったら結婚をしようと言われていたが、なぜか誕生日を迎えても話は進まなかった。そしてそんなとき、父が捕まることになって私の婚約は白紙になってしまった。
「ごめんね、クリスティーナ」
私に謝りながらカーティスは私の髪をくるくると指に巻き付けて遊んでいるようだった。
「好きです。カーティス様……」
涙が頬をつたい震える声で思わずこぼれてしまった私の気持ちを聞いて、カーティスはクスリと微笑んだ。顎を手で取られて、カーティスの唇が落ちてきて私の唇と重なった。柔らかさを確かめるようにぐっと押された後、熱を感じる間もなく離れていってしまった。
「それじゃ、元気でね」
初めてのキスに言葉を失い呆然と立ち尽くす私を残して、カーティスは一人行ってしまった。気がつくと鳥の囀りが聞こえる庭園に一人残されていた。
初恋の人は、初めてのキスを残して去って行ってしまった。
朝日の眩しさを感じて私は目を開けた。いつの間にか寝てしまったらしい。机に突っ伏したままの格好だった。
「……こんなところで寝たからね。嫌な夢を見たわ」
十八歳の悪夢をまたひとつ思い出してしまった。このところはすっかり忘れているものだと思っていた。こんな風に心が弱っているときに出てくるとは、つくづく酷い男だと思った。
私のかつての婚約者カーティス、あの頃は彼のことが本当に好きだった。
幼く何も知らなかった私は彼に言われるまま、別れを受け入れた。もちろん拒否権などなかったので受け入れるしかなかったのだが。
しかし、私との婚約が取り消された後、カーティスはすぐに侯爵家の令嬢と結婚することになった。
いつの間にか二人は婚約していたらしい。
まるで計算していたかのようなタイミングで、私は心を踏みにじられたように傷ついた。
しかし、当時のゴタゴタでそのことに触れる余裕もなかった。
そして、誰が流したのか知らないが、私の金遣いや男遊びが原因でカーティスの心が離れたという噂が回っていて、落ちぶれた貴族令嬢の私にはそれに弁解するような機会もなかった。
恐らく私を捨てたと見られるのが、お気に召さなかったカーティスが、噂を流したようにしか思えなかった。
まさか、父のことも何かしたのかとずっと疑問に思っている。しかし、父の件にどこまで絡んでいたのかは、今となって調べる手段もない。
ただ、私はこの事でぼろぼろになって、立ち上がる気力さえなくしてしまったのだった。
最後にキスをされたこともまた、嫌な思い出だった。私の中で恋をする気持ちはその時死んでしまったとずっと思っていた。
いつまでも部屋に閉じこもっているわけにいかないので、私は昼過ぎにやっと部屋から出た。
何も考えず歩いていたらついオステオが使っていた書斎の前に来てしまった。
年月を感じる扉に手で触れると艶のある木材の滑らかな感触がした。
この扉を開けると背筋をぴんと伸ばしたオステオが立っているような気がして思わず押して開いてしまった。
キィィと軋む音をたてて扉が開くとその向こうに背を向けて立っている人がいた。
一瞬オステオがいるのかと驚いたが、振り返ったその顔はオステオの穏やかな顔ではなく、冷たい目で不機嫌そうな顔だった。
「ノックもせずに開けるとは、子爵令嬢のくせにずいぶんと失礼だな」
「………すみません。まさか、いらっしゃるとは……。いえ、なんでもないです。申し訳ございません」
オステオの書斎を整理していたのだろう。たくさんの本が積み上がった中に、アレックスが立っていた。
「すごい量だな、あいつは図書館でも開くつもりだったのか……」
「本がお好きだったのです。本を読めばいつでもどこでも旅をしたような気持ちになれるからと仰っていました。昔はよく旅をされたようですね」
「なんだ、そんな話を君に話したのか……。若い頃は大陸を回って歩いたらしい。俺はそんな話など聞いたこともなかったが……」
そう言ったアレックスは、オステオを嫌っているくせにどこか寂しそうに思えた。
この人にオステオの曇り空に輝くものが見えた話をしたら何か変わるのだろうかと私は思い始めた。
「朝食を食べていないのだろう。ネイトという若い使用人に声をかけるといい。あるものしかないが用意するだろうから」
一瞬何を言われたのか分からなかった。まさか、私の食事まで気を使ってくれるとは思わなくて、思わず目を見開いてぱちぱちと瞬きをしてしまった。
私の驚きぶりに気がついたのかアレックスはハッと気がついたように気まずそうな顔になった。
「この屋敷にいる間に倒れられたら面倒だからな。さっさと出ていけるくらい体調管理はしっかりしろ」
「……ありがとう……ございます」
ぼけっとした顔でお礼を言った私と、顔を上げたアレックスの目がばっちりと合ってしまった。そらしていいのか分からずに見つめたまま動けないでいると、アレックスは慌てたように後ろに下がって本の山を一つ崩した。
「とっ……とにかく、その目も冷やしておけ。ひどく腫れていて不快だ!見ていられないからな!」
まくし立てるように言って、アレックスはそそくさと書斎から出ていってしまった。
やはりそうだと私は思った。言葉は冷たいけれど、アレックスは本当は優しい人。手紙の文面に現れていた人柄がそのままだったので、心がほんの少しだけ温まった気がしたのだった。
食堂へ行くと、ちょうど年の頃は十五、六くらいのまだ顔に幼さの残る、黒髪でハシバミ色の瞳をした可愛らしい若い男の子が、一生懸命机を拭いているところだった。
「あっ……クリスティーナさん!すみません、ずっと待っていました?」
「いえ……、今来たところです」
「僕、ネイトと言います。サフィニア家では執事見習いをしていて……、今回僕がアレックス様の身の回りの世話をするために参りました。よろしくお願いします」
晴れた青空のような爽やかな笑顔だった。他の使用人はどこかよそよそしくいない者のように扱うのに、ネイトは屈託のない笑顔で話してくれて、緊張していた気持ちが楽になった。
「よろしく、食事は自分でできるから、あの端を少し借りてもいいかしら?」
「そっ……そんな!滅相もない!クリスティーナさんのパンやスープはできていますので、お座りになってお待ちください!」
まさか、作ってもらえているとは知らなかった。あくまで歓迎されない身で空気のように静かにしておこうと思っていたからだ。
しばらく待つと本当に食事を用意してくれた。野菜のあっさりしたスープとパンだけだったが、素材の味がしっかりしてとても美味しかった。
「これは……ネイトが作ってくれたの?」
「そうです。お口に合いましたか?」
「とても美味しいわ。野菜が柔らかくて口の中で溶けていくのがたまらない。ネイトは良いコックにもなれそうね」
そう言って笑うとネイトは顔を真っ赤にして、僕なんてとんでもないと手をブンブン振って照れていた。
「……クリスティーナさんはとってもお綺麗ですね。アレックス様はクリスティーナさんを奥様にすればいいのに……」
突然ネイトが言い出した言葉に、私は飲んでいたスープを噴き出しそうになり、ゲホゲホとむせた。
ネイトは私達に吹き荒れる吹雪の存在を知らないのだろう。アレックスが聞いたら、眉間にシワを寄せて心底嫌そうな顔をしそうだ。
「ネイト、お願いだから、冗談でもそんな話題を出したらだめよ」
「なんでですか。アレックス様はもう三十三歳ですが、あの色男でモテるしそれなりに遊んでいると思いますが、結婚という話題になるとお付き合いをやめてしまいます。一生誰とも結婚されないつもりみたいで…………」
「………私の話、少しは聞いているでしょう。世の中の男性、特に身分の高い男性は最も嫌悪する女よ。そんな女と一緒になんて言われたらアレックス様は気分を害されると思うわ」
まだ世の中を分かっていないと思われるネイトに、優しく諭すように言葉を選んで話してみた。しかし、ネイトの瞳の輝きは変わらなかった。
「……僕は、もともと貧民街でスリをやって生きていた人間です。たまたま目をつけたアレックス様に止められてから、それが縁で拾われて……でなければ、どんな人間になっていたか……。汚い人間はたくさん見てきました。クリスティーナさんを見たとき、どうしても話に聞いていた人には見えなかったのです」
「……ネイト、あなた……」
「オステオ様の話をされている時、とても優しい目をしていました。教えてください、お二人の間の愛情とかそういう話は分からないですけど、本当にオステオ様のことただの金づるのように思っていたんですか?」
ネイトの瞳はやはり曇りがなく、純粋で眩しかった。隠しているつもりはなかった。誰も話を聞いてくれなかったので、本当のことが言えなかったのだ。
「……オステオ様にお金を援助していただいたのは本当です。それで、父の作った借金を完済してもらえました。その代わりと言っては足りないですが、私はオステオ様の朗読係になったのです」
「朗読……ですか?」
「ええ。私達に男女の関係はありません。感謝してもしきれない。親子というのは失礼になるかもしれませんが、私にとってオステオ様は家族のような存在でした……」
聞いていた話とずいぶん違うからだろう。ネイトはしばらく難しそうな顔をして考えていた。
「…………いや、でも、そうですね。その話の方がしっくりきます。僕はクリスティーナさんを信じます」
「ありがとう。でもこの話をアレックス様にはまだ言わないで欲しいの。約束ね」
「…………え?なっ……なぜですか!?」
「私はアレックス様とオステオ様の関係を修復したいの。アレックス様はまだちゃんとオステオ様の死を受け入れていないわ……。そんな状態で私の事情を説明しても理解してもらえない。ここにいる間にオステオ様の話をして、その過程で伝えようとは思っているのよ」
「……分かりました」
ちょっと納得がいかないような顔でネイトは頷いた。顔に出てしまうところが、まだ可愛いなと思った。
事情をすぐに話すことは簡単だが、あんな冷たい目で見られているうちは、何を言ってもネイトのように信じてはくれないだろう。
今までだってそうだった。周りにいた人達に違うと言っても誰も信じてはくれず、みんな離れていってしまった。
もうそんな思いはしたくない。
よけいなことは言わずに機会を待って、自分から離れるのが一番傷つかずにすむと考えていた。
午後は兄の居場所に心当たりがありそうな人に手紙を書いた。かつての友人達、私の名前を見て封を切らずに捨てられる可能性が高かったが、とにかくどんな線でも兄にたどり着くものが必要だった。
それに兄が見つからなかった場合のことも考えておかなければいけない。それも含めてペンを手に取った。なるべく早くここを去らなければと、私はそればかり考えていた。
□□
「なんだ、それしか食べないのか?」
食堂の端で一人で夕食をとっていたら、目の前の席にアレックスがドカリと腰を下ろして座った。
まさか一緒に食事をするつもりなのかと信じられなかったが、アレックスは当たり前のようにネイトに食事を頼んで自分の前に運ばせてしまった。
「いつもこのくらいです」
「年寄りと暮らしていたから、そんなもので満足するようになったんだな。兄の元へ行ったらのんびりはしていられないだろう。もっと肉をつけろ、ガリガリじゃないか」
そう言ってアレックスは自分に出されたものから皿をひとつ取って、牛肉の煮込んだものを私の前にドンと置いた。
「こ……こんなに、食べられません。少しだけなら……まだ入りますけど」
「じゃあ、食べられるだけでいいから、少しでも腹に入れろ。残りは俺が食べるから」
「ええ!?私の残りを……ですか!?」
「悪いか?本宅に人が必要だから、少人数しか連れてこられなかったんだ。人手が足りないんだ。ここは買い物だって時間がかかる。食材を無駄にはできないだろう」
それはそうですけどと言ったまま私はぼんやりとアレックスを見つめてしまった。
貴族でありながら、ずいぶんと柔軟な考え方をする人だと思った。それに私が手にしたものなど、汚らわしいと言われるかと思っていたのに、なぜか遠慮なしに私の引いている一線に入ってくる。
不快には思わなかったが、その事は胸をチクリと刺してきて不安な気持ちになった。
早くしろという目で見られて私は仕方なくスプーンを手に取った。牛肉はしばらく食べていなかったが、食べたらとても美味しかった。次々と口に運んで気がついたら全部食べてしまい、お皿が空になってしまった。
「………なんだ、やっぱり腹が空いていたんじゃないか。俺の分がなくなったぞ」
「あ!?すっ……すみません、私……!どうしよう!あの……」
「いい。俺が食べてくれと言ったのだから。ネイトの料理は美味いから、途中で返されないだろうと思っていた」
アレックスは食事を続けながら、わずかに微笑んでいるように見えた。冷たい目と冷たい反応をされると思って、ずっと身構えているのに、こんな穏やかな返しをされるのは慣れなくて、胸がざわざわと騒いだ。
「…………ありがとうございます」
私が小さくお礼を言うと、アレックスはパンを食べながら、んんっと僅かに返事をしてくれた。
何とも言えない不思議な時間だった。
それから食事はなぜかアレックスと一緒に食べることになった。私が席に座っていると、当然のようにアレックスが座ってくるのだ。ネイトは後片付けが楽だと言って嬉しそうにするので、私は何も言えなかった。
食事をしながら少しずつ話すうちに、お互いの間に吹き荒れていた吹雪はいつの間にか消えていた。最近の王都の話を教えてもらうくらいだが、もしかしたら、アレックスは無意識にオステオ様の話を聞きたくて私に近づいてきたのかもしれない。そう思い始めて、なにから切り出したらいいのか、私は悩んでいた。
朝食を一緒にとった後、私が部屋に戻っていたら玄関がガヤガヤと騒がしくなった。
誰かお客様が来たのかと、私は部屋を出て玄関に向かった。
「突然押し掛けてくるなんて、こちらにも事情がありますから困りますよ。リーチェ叔母様」
「そう言ったって全然連絡をくれないじゃない!私はあなたの母親代わりなのよ!送った釣書は見たの?今日こそうんと言うまで帰りませんから!」
上品なドレスを着たご婦人が玄関に仁王立ちしていて、その前に困ったように頭を抱えたアレックスが立っていた。
「だいたい、オステオの愛人がまだこの家に残っているって聞いたわよ!あなた、まさか誘惑でもされてお金をせびられているんじゃないでしょうね。年寄りの使い古しに財産を奪われるなんて冗談はやめて頂戴!」
盗み聞きするつもりはなかったが、とても聞き流せない話題に足が動かずに立ち尽くしていたら、私の視線に気がついたのか、ご婦人がこちらに目を向けてきて視線が合ってしまった。
「…………あなた、あなたね。オステオの愛人は。私はオステオの妻だったシンシアの妹よ。姉を苦しめたオステオも許せないけれど、人の財産を平気で奪う貴女みたいな泥棒も我慢ができないのよ!」
つかつかとこちらに寄ってきたご婦人の目は怒りの色で燃えていた。その勢いにこれから何が起こるかは想像ができた。
しかし、そこから動くことはできなかった。
パシンと乾いた音が響いて頬が焼けるように熱かった。打たれた頬を押さえながらご婦人を見ると、怒りが収まらないのか、汚らわしいものを見る目ではぁはぁと肩を揺らして荒い息を吐いてた。
「クリスティーナ!大丈夫か!?」
突然の叔母の行為に驚いたようにアレックスが慌てて走ってきて私の前に入ってきた。
「リーチェ叔母様、なんてことを……!クリスティーナは一時的にここに留まっているだけです。あの男……父との間で何か交わされたとしてもそれは二人の問題です。他人が介入するべきことではないでしょう……。ましてや暴力など……」
「アレックス様、いいのです」
間に入ったアレックスは私をかばうように、叔母に対して強い態度で声を上げてくれた。それだけで頬の痛みがすっと消えていき、混乱していた私の頭は冷静さを取り戻した。
「突然の私のような余所者が現れたら、驚かれるのは当然のことです。それに、オステオ様が私のためにお金を用意してくれたことは言い訳のできない事実。もっと早くここから去るべきでした。申し訳ございません、荷物をまとめてすぐに出ていきます」
「クリスティーナ!待てっ……」
アレックスの声を背中で聞きながら私は走って自分の部屋まで戻った。
アレックスと食事をして同じ時間を過ごすうちに、少しだけ氷が溶けたような気持ちになっていた。
でも、自分のような人間をいつまでも屋敷に置いておくのは、アレックスにとってはマイナスでしかない。変な噂をされるかもしれない、顔を叩かれるのは我慢できるが、アレックスに迷惑がかかるのは避けたかった。
しばらく経ってから鞄に荷物をまとめていたら、部屋をノックする音が聞こえて、ネイトが部屋にやってきた。アレックスが呼んでいるから部屋に行って欲しいと言われた。
最後にオステオのことを話さないといけないと思っていたので、私は心を決めてアレックスの部屋に向かった。
どうぞという声が聞こえてドアを開けると、アレックスが疲れた様子で椅子に座っていた。
肌の色は白い方だが今日は青白く見えて、緑の瞳の輝きも少しくすんで見えた。
「すまない。叔母は悪い人ではないんだ。昔から母の代わりだと色々と良くしてくれて、ただ思い込みが激しいところがあって……まさか、手を上げるとは思わなかった」
「……いえ。少し驚きましたが、私は大丈夫です。ただ、やはり先ほど申し上げた通り、すぐに出ていきますので……」
私の言葉に動揺したように顔を曇らせたアレックスは、椅子から立ち上がった。慌てたからか、椅子はガタンと音をたてて横に倒れてしまった。
「そんな……急すぎるじゃないか。兄もまだ見つかっていないのに……。行く宛はあるのか?」
「しばらく宿を借ります。それでも見つからなければ、住み込みで働けるような場所を…………」
「だめだ。ちゃんと落ち着く先が見つかってからにするんだ。そんな状態で放り出せない」
「…………それは、父親の愛人を、亡くなってすぐに放り出すと、世間体が悪いから……ですか?」
頑なに出ていこうとする私を、早く出ていけと言っていたアレックスがなぜか必死な顔で止めていた。
そして、私の言葉に一気に胃の辺りが冷えたように厳しい顔つきに変わった。
「…………そう思うならそれでもいい。とにかくだめだ。勝手に出ていくなんて許さない」
「どうしてですか?こんな女早く放り出すべきです。良からぬ噂を広められますよ。周りの人間が去っていってしまうかも。父親の愛人が今度は息子をって…………」
ぼやかして言っても伝わらないならばと、挑発するように言ってアレックスに詰め寄った。
こんなことが言いたかったわけではない。ここに置いてくれた感謝と、オステオがいかに過去を悔やみアレックスと和解することを求めていたか、それを伝えたかったのだ。
「…………そうだな。君はあの男の愛人だったな。あの男が残したものなのだから、俺が好きにして構わないはずだ」
「なっ……えっ…………」
がしっと強い力で腕を掴まれてベッドに連れていかれた。足がもつれて転びそうになったが、抱き抱えられて一瞬浮遊感を感じた後、背中に弾むような感触を感じてベッドに寝かされたことに気がついた。
身動きがとれないくらいの重さと強さでアレックスは私にのし掛かってきた。
「あ……アレックス……、だっ……だめです。こっこんな……ことは……!」
「静かにしろ!愛人らしく俺を楽しませるんだ!」
私に強い口調で迫ったアレックスの瞳は、怒りと興奮がぐるぐると渦巻いていた。
何か言うべき言葉を探して口を開いたが、その唇に噛みつくようにアレックスが自分の唇を重ねてきた。
「んんんっ!!!…………んんーーー!!」
すぐにあの庭園で奪われたキスを思い出した。あんなものぶつかっただけだと思うくらい、アレックスの口づけは激しく荒々しいものだった。
両手はベッドに縫い付けられて、顔を動かしてもあらゆる角度からアレックスは責めてきて、あっという間に舌を吸われてしまった。吸い付くような高い音とじゅばじゅばという唾液を吸う音がいやらしく頭の中に響いた。舌の付け根までぐりぐりと舌で蹂躙されて、満足に息もできず頭の熱だけがぐんぐんと上がっていった。
苦しさで脱力した私の手を離してアレックスは私のドレスをスカートをまくり上げて下着の中へ手を入れてきた。
「濡れているな……、下着もドレスもびしゃびしゃになっているぞ……」
「う……嘘……そんな…………、私…………」
「嘘なものか……、ほら見てみろ」
アレックスが取り出した手を見せるように私の目の前に持ってきた。愛液でびしょびしょに濡れていてとろりと糸を引いていた。
カーティスとの初恋しか知らない私は淡いキスしか経験がない。あれ以来若い男性に苦手意識があって、二人きりでいることも苦痛だったのだ。それがあの場所があんなに濡れるなんて、どういうことなのか信じられなかった。
驚きで言葉を失っている私はもっと衝撃を受けた。アレックスが掲げた手を口許に持っていき、舌で愛液をベロリと舐めとったのだ。
「ひっ……そっ……そっそんなものを……嘘……!?」
「なんだ?あの男は舌では楽しませてやらなかったのか?舐めればいくらでも蜜が溢れてきそうだ。ほら、指でいじったらまた溢れてきた…………」
「だっだめ……指を入れちゃ……壊れちゃ……」
「ははっ!指で?これから俺のこれで楽しませてもらうのに……、指で壊れるほど狭いのか?」
「えっ…………」
いつの間にかズボンをくつろげたアレックスの股間から、巨大な肉の長い固まりが立ち上がっているのが見えた。少し遅れてそれが、ぺニスであることに気がついたが、見るのも初めてであるし、まさか男の人のアレがあんなに大きくなるなんて想像もできなかった。
「そっ……それを……わたくし……に、いっ……入れるの……ですか?」
「ん?なんだ、当たり前のことを。……ああ、大きさのことが?若いのもあるが……確かに俺のは大きい……。問題ない、すぐに良くなる」
どこが問題ないのか、問題だらけにしか思えなかった。
「胸も可愛がってやりたいが、君も久しぶりだろから欲しいだろう。俺も我慢できないから、先に挿れるぞ」
「えっ……まっ……ちょっ……!うっ……あっあああ!」
乱暴にドレスを脱がされて、ベッドの上に逃げようとしたところを腰をガッチリと掴まれて、アレックスは自身の熱い怒張を、私の秘所にあてがって、ぐりぐりとねじ込ませて挿入してきた。
私は寝転んで仰向けのまま、アレックスは膝立ちで足をもって中にぐいぐいとぺニスを入れていくが、さすがの狭さに眉間にシワを寄せた。
「なっ……なんて、狭いんだ……。濡れているが…奥まで進まない……くっ……クリスティーナ、少し力をゆるめて……」
「…………たい」
「え?」
「痛いです……。アレックスさ……ま……、痛くて……くるし……」
歯をくいしばってぼろぼろと泣く私を見て、アレックスは慌てて自身を引き抜いた。
すると、何かがこぼれ落ちて真っ白なシーツに広がった。
それは乙女を散らされた証しだった。
「こっ……これは……もしかして……、もしかしてクリスティーナ、君は…………」
ショックとあまりの痛みにガタガタと震えていたが、ついに気が遠くなっていき、私はそこで気を失った。
薄れゆく意識の中でアレックスの声が遠くに響くように聞こえていた。
アレックスは私の名前を呼んでいた。
繰り返し繰り返し。
それに答えたくて口を開いたつもりだったが、その後のことは暗闇に包まれてしまい知ることができなかった。
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