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「クリスティーナ、君は良い目を持っている。初めて見たときに分かったよ。これは人を見抜く目だって」 「まさか。私がですか?元婚約者にどうやら二股をかけられて、窮地に陥ったところをちょうどいいと捨てられた私が人を見抜く目などと…………」  自虐的に笑った私の頭を、オステオはふわりと撫でた。 「それは昔の話だろう。それに愛する人を信じて、愛する人のために別れを受け入れた君は立派だったじゃないか。今の君は辛さを経験して、より深い目で人のことを見ることができる。大丈夫だ、次に愛する人はきっと最高の相手だよ。例えば私の息子とかね」 「まあ………。私などにはもったいないお方ですよ。でも、ありがとうございます。元気が出ました」  オステオは見抜いていた。  オステオの代わりに手紙を交わし、その人柄と姿を想像して恋をしてしまった私のことを……。  もう恋心など死んでしまったと思っていたのに、自分の胸に宿ったものを必死に否定するように消そうとしていた。  それでも、手紙が届く度に心が踊り明るくなる私をオステオは見ていた。  そんな私の背中をそっと押すように、言葉をかけてくれたのだ。 「自信を持ちなさい。君は綺麗だよクリスティーナ。私の妻の次にだけどね」 「まあ……。そんなに、奥様を愛されているのに、アレックス様に誤解されたままでよろしいのですか?」 「…………いいんだ。私がシンシアを一人で逝かせてしまったのは本当だから……。憎まれても仕方がない」  息子は私を憎んでいるんだと聞かされたとき、この穏やかなオステオのどこを憎む必要があるのかと不思議だった。  息子のアレックスは、オステオが別に女性がいて、その事で母を苦しめていると思い込んでいるらしかった。そして、妻シンシアが不慮の事故で亡くなった時も、そばにいてあげることができなかった。その事もずっと憎んでいるのだと言っていた。  オステオは妻を亡くしてから、仕事への意欲も生きる目標もなくして家督を譲り、隠居の身になった。 「それでも、お二人がすれ違っているのは悲しいです。オステオ様はアレックス様のことを思っているし……、アレックス様も文面は冷たいですが、ちゃんと気にかけています。週に何度も手紙をくれますし、細かいこともちゃんと報告してくれます。これは……オステオ様ときっと……」 「クリスティーナ、息子はもう私なしでもしっかり歩いていける。私への憎しみを力にして頑張っているようにも見える。いつか、あの子が私のことを知りたいと言ってきた時、このことを話してはくれないか?君の口から……」 「そんなこと……そんなこと私に頼まないでください……。絶対ご自分の口で……」  私の言葉にオステオは優しい目をして微笑んでいた。もうその時は自分の未来を悟っていたのかもしれない。 「クリスティーナ!」  ぼんやり光が見えて、にじんだ光景が目に入ってきた。だんだんと見えてきた視界に心配そうなアレックスの顔が浮かんできた。 「んっ…………、アレックス……さま?」 「クリスティーナ、気がついたのか!よかった……。すまない……、俺は取り返しのつかないことをしてしまった……」  真っ青な顔で頭を下げているアレックスの姿を見て、なぜだろうとぼんやり考えたら、あの記憶がばちっとよみがえってきた。  いつの間にか体は綺麗にされて、ゆったりとした寝間着を着せられていた。手で顔を触ったら、おでこには冷たい布が置かれていた。 「あの……私……いつの間にか……寝て……」 「君は昨夜は熱を出してずっとうなされていて目覚めなかった。もう……このまま目が覚めないのかと……」 「大げさですよ……。この通り起きましたし、もう頭を下げないでください。今度はアレックス様の方が倒れそうです」 「し……しかし。俺は君の……」  別人のように小さくなって取り乱しているアレックスの目には大きな隈が浮かんでいた。もしかしたら寝ずに看病してくれたのかもしれない。 「…………少し、話をしませんか?私達、言葉が足りなすぎると思います」  そうだなと力なく頷いたアレックスは、私が半身を起こすのを手伝ってくれた。 「もう、ご存知かと思いますが、私とオステオ様の間に男女の関係はありませんでした。オステオ様が愛していらっしゃったのは、ずっと同じ方、アレックス様のお母様、シンシア様です」 「……クリスティーナ、君は知らないと思うがあの男は……」 「アレックス様は子供の頃、お二人の喧嘩を目撃されたそうですね。その時に、お母様が言っていたあの女、それは、オステオ様の妹ライラ様のことです」 「…………何だって?ライラは確かに父方の叔母だが、ずっと体が弱くて病院に……」 「病院にいたのはそうですが、体というか心を病んでいたようです。それはシンシア様ももちろん知っていましたが、ライラ様は頻繁に問題を起こし、その度にオステオ様が呼び出されて……。家族の大事な予定までつぶされるようになってシンシア様とは険悪に……。それでも幼い頃に両親を亡くして、兄と妹で寄り添って大きくなったので、見捨てることができなかった。オステオ様はライラ様のためにより良い病院を探して地方まで歩き回り、そしてあのシンシア様の事故の時もまた、すぐに駆けつけることができない地方に……」 「そっ……そんな!そんな話は!」 「それからすぐにライラ様も自ら命を……。オステオ様は二人が亡くなったのは自分のせいだと自分を責めていました……。誰にも言い訳せずどんな批判も自分のものだと受け入れることにしたそうです」  アレックスは口元に手を当てて、考えるように固まってしまった。無理もないだろう今までこうだと信じていたもが、違っていたのだ。オステオ夫婦も親子もみんながすれ違い傷ついていた。言葉も時間も距離も全部が足りなかった。私には誰も悪くは思えなかった。 「……だめだ。頭が整理できない。なら……俺は……、あの男を……父を何のために憎んで……ずっと……憎んで……、俺は……俺はどうすればいいんだ」 「…………許してあげてください。オステオ様はアレックス様からの手紙が来る度に、顔を曇らせていました。でもその曇り空の向こうに光がありました。いつか息子が自分を許してくれると……そんなわずかな期待が光になっていつも輝いていました。その光をどうか……消さないで……」 「許すもなにも……、俺は初めから……。ちゃんと向き合うことができなかった……、最後まで……俺は……俺のせいで……」  アレックス込み上げてくる思いに耐えられないように、両手で顔を覆って下を向いて苦しそうな声を上げて肩を震わせていた。  そっと手を伸ばしてその肩に触れると、ビクリと揺れたが振り払われることはなかった。  私は体をアレックスの方へ寄せて、震える体を包みこむように抱きしめた。 「会いには来られなかったですが、手紙の連絡は欠かさないし、冷たい言葉の中にも父親を気遣う息子の愛が溢れていました。……アレックス様は本当は……お父様をもう許していて……仲直りしたかったんじゃないですか?」 「………………」  アレックスは何も言わなかったが、それが答えのように小さく身を震わせた。 「…………良かった。これで、私の役目は果たせました。昨日のことは……お互い忘れましょう」 「君は…………俺は、君が出ていくと言って……頭に血が上って……あんなにひどいことをしたのに……それを……何も責めないのか?」 「……私はオステオ様に命を救われました。ですから、お役に立てて嬉しいのです。昨日のことがなければ、ちゃんとお話しすることもできなかったかもしれません。ですから、私はこれでいいのです……」 「君は……いったい……。いったい君に何があったんだ……?どうしてここへ……?」  それを説明したかったが、そこで私のお腹が盛大に音を立てて鳴ってしまった。  昨日から何も食べていないのだ。さすがにもうお腹が空きすぎて限界だった。 「気がつかなくて悪かった!急いで食事を用意するから……!待っていてくれ!」  真っ赤な目をしたままで、しかも慌てて体をドアにぶつけながらアレックスは急いで出ていってしまった。  先ほどまで震えて泣いていたのに、あまりの慌てっぷりがおかしくなって、私はクスクスと笑ってしまった。  昨日のことは、体にわずかな痛みと恐怖を残していたが、アレックスに言ったことは素直な気持ちだ。  すでに様々な噂に汚れた私が守り通すものでもない。  この気持ちは口にはできなかったが、初めてを捧げた相手がアレックスで良かったと思っていた。  オステオに頼まれて、手紙を読み上げて返事を書くことが私の仕事になってから、初めて来た手紙がアレックスからのものだった。  年老いた父親に会いにも来ず、冷たい手紙を送ってくる息子に始めは嫌な気持ちしかなかった。  しかし、嫌っているはずなのに、なぜか頻繁に手紙を寄越してきて、冷たい文面の中にほんのりと優しさを感じてからそればかり目についてしまうようになった。  気がつけば、さりげなくオステオにアレックスの話を聞いて、その姿を想像しながら返事を書いていた。  きっと優しい人に違いない、オステオに似た美しい目をしているに違いない。  想像しながら何度頬を染めたか分からない。  そして実際に会ったアレックスは、一目見て心を掴まれてしまうほど素敵な人だった。  男らしく上品な色気が溢れる容姿にときめいて、想像した通りに不器用だが優しさのにじみ出ている人で、言葉を交わす度に自分の一部が捕らわれていくように惹かれていくのが分かった。  でも、私になど好かれるのはアレックスにとって迷惑以外のなにものでもない。  近づくだけで、周りに何を言われるか分からない。アレックスの評判を落として、友人達を失わせてしまうかもしれない。  それは一番避けなければいけないことだった。 「早く……ここから……出ていかないと。……もう心が隠せない」  私は下を向きながら、布団を強く握りこんだ。気持ちが溢れてきて、どこに隠したらいいか分からなくなっていた。  暗闇に逃げるように目をつぶったのだった。  □□ 「アレックス様?どうかされましたか?」  書類に目を通しながら、ずっと考え込んでいたので、心配したネイトが恐る恐る話しかけてきた。  心はすっかり別のところへ行っていたので、俺はすまないと言いながら頭の熱を冷ますように髪をかきあげた。 「この内容でかまわない。カイルには任せきりですまないと伝えてくれ」 「分かりました」 「………クリスティーナの様子はどうだ?」  黙々と書類を封筒にしまっていたネイトの手が止まった。クリスティーナの話になると、ネイトは何とも言えない責めるような視線を向けてくる。私情を隠しきれないところがまだ若いなと思うのだが、きっと彼なりに心配しているのだろう。 「今朝はお食事を召し上がった後、庭を散歩して、オステオ様が好きだったという花壇の手入れをされていました。元気そう……には見えます」 「そうか。クリスティーナが送った手紙に返事はないようだな……。調査の方も報告はまだか?」 「はい。前の職場に連絡はついたらしいのですが、どうも上司を殴って逃げたらしくて……。その後どこへ行ったか同僚に話を聞いても誰も知らないみたいです」  クリスティーナの兄の行方は何人かに調査を頼んでいたが難航していた。友人の職場でトラブルを起こしたとかで行方不明になり、そこからなかなか足取りが掴めなかった。 上司に話を聞いても、知らないの一点張りだということだった。 「…………それと、頼んでいたもう一つの方だが、もっと人を入れて詳しく調べてくれ。俺の方でも知り合いに少し話を聞いたが、どうも怪しい話が出てきた。いくらかかってもいい」 「かしこまりました。カイルさんにも相談してその辺りに詳しい、腕のいい者に依頼してみます」  失礼しますと言って、ネイトは部屋を出ていった。  ネイトの気配が消えたことを確認して、俺はため息をつきながら頭に手を当てた。  今まで自分は感情の起伏が少なく、冷静な人間だと思っていた。母のことで父を憎んでいた時も、怒りはコントロールしていたように思う。  クリスティーナが出ていくと言って、それを聞いたら胸が騒ぎ出して、頭に血が上ってあんなことを…………。  今思い出しても、自責の念で押しつぶされそうだった。  しかも、あれから何度も思い出してしまうのだ。  シーツに広がるアッシュグレーの波打つ髪、透けるような白い肌に赤く色づいた頬と唇、しっとりと濡れた瞳……。 「あぁ……俺は……、なんて最低な男なんだ」  初めて見たクリスティーナは、父親の墓の前に立っていた。黒いドレスが風になびいて、さかんに裾を持ち上げていたが、かまうことなく立ち尽くしている姿は人形のようだった。  葬儀の様子は木の陰からずっと見ていた。憎しみが足を捕らえて近寄ることはできなかったが、わずかにあった父を思う気持ちが見届けなければと背中を押していた。  参列者が帰っていっても、クリスティーナは一人その場に残っていた。 「ご覧になりました?先ほどの目。睨み付けてきたわ。年老いた金持ちをたぶらかした気色の悪い目でしたわね」 「ええ、あのような女、さっさといなくなって欲しいわ。男が欲しいなら娼婦にでもなればいいのよ」  すれ違った参列者のご婦人達が口々に彼女の悪口を言っていた。  金持ちをたぶらかした女、俺も始めはそう思っていた。離れていても自分の父親の欲に溺れた話など聞きたくもないのに、嫌でも耳にするし、何度苦しめるのかとずっと不快に思っていた。  女はどうせ形だけ葬儀に出てもすぐに帰ってしまうだろうと思っていた。  しかし、一人残されても静かに墓を見つめたままずっと動かなかった。  そして時折肩を震わせている姿は、細くて弱々しく今にも壊れてしまいそうだった。  思わず近寄ってしまった。  そして、悲しそうに呟く声に応えてしまった。  クリスティーナの横顔をそっと覗いてみた。色欲にまみれたような淀んだ瞳を想像していたが、そこには雲一つない晴天の空のような瞳があった。一点の汚れもない青に、信じられないことに俺の心は一瞬で染められてしまった。  いくつか言葉を交わした後、しばらく無言で二人で立っていた。怒りと憎しみに支配されるだろうと思っていた俺はそこにはいなかった。  クリスティーナの汚れのない青色に染められて、俺の中の黒い気持ちは嘘のように消えてしまった。  ただ空っぽになってしまった心に、冷たい風が吹き抜けてやけに寂しくて寒く感じたのだった。 「それでは、荷物の整理はもう終わったんですね」 「ああ、この屋敷は今週中には必要なものを運び出して、本宅に戻る予定だ」  夕食時、今後の予定として話を切り出すと、クリスティーナはフォークを持つ手を止めて、じっと俺の方を見てきた。  とくに変化はないように見えたが、動揺したのか、フォークからジャガイモがポロリと落ちて皿に転がった。 「……では、私は……」 「王都の本宅は大きいから、君の部屋も用意してある。心配しないでくれ」 「なっ……そっ……そんな、アレックス様、それはいくらなんでも……」  ずっと平静を装っていたのだろうか、クリスティーナの動揺は顔にも現れて小さな汗の粒が頬を流れていった。 「何が問題だ?クリスティーナ。君には父が世話になったようだし、令嬢が一人で生きていくのは大変だ。王都にいれば兄も探しやすいだろう」 「でっ……でも私は……私といたらアレックス様にご迷惑が……」 「何も迷惑などない。むしろ、まわりの噂を鵜呑みにして踊らされていたのは俺だ。君にひどい態度や言葉を浴びせてしまった……。悪かった」  クリスティーナは青くなったり赤くなったりしながら、謝らないでくださいとか細い声を出した。 「そうだ、この前ちゃんと話が聞けなかったな。そろそろここに来た経緯を話してくれてもいいんじゃないか?」  クリスティーナを傷つけてしまった翌日。父との関係についてクリスティーナは、当時、本当は何があったのかや、父の気持ちを教えてくれた。  俺は父のことをずっと浮気をして母を捨てたと思い込んで憎んでいたことが分かった。父もまた弁解することもなく、自分のせいだと受け入れていたので、ややこしいことになってしまったのだか、間違えて絡まってしまった関係にやっと気がつくことができた。  クリスティーナ自身のことに話が及んだとき、お腹の音が鳴って、彼女がずっと空腹状態であることに気がついた。慌てて食事を用意することになり、そのままうやむやになってしまった。 「…………オステオ様は、私がお会いした時は、視力がだいぶ落ちていて、細かい文字が見えなくなっていました。私はオステオ様の本を朗読するために雇われたのです」 「朗読?だが……ずっと、手紙のやり取りを……。誰かに代筆させているかとは思っていたが。あれはもしかして君が……」  ええ、と少し恥ずかしそうに頬を染めながらクリスティーナは頷いた。その仕草が可愛く思えて、心がくすぐられ心臓が跳び跳ねた。 「申し訳ないが……、こちらも色々と調べさせてもらった。君の父親は投獄されて、それで終わりではなく、次々と借金が発覚したようだな……。それで家を追われて……、君は遊ぶ金欲しさというより……その借金を……」 「ええ、そうです。オステオ様がすべて支払ってくれました。どうしてかは……今でもはっきりとは分かりません。ただ、自分の財産を未来ある若者に託したかったと……」 「あの人らしいな……。いつだったか、自分も若い頃、旅先で身ぐるみ剥がされて裸で放り出されたところを助けてもらったと聞いたことがある……。その恩を誰かに返したかったんだろう」  父とそんな話をしたこともすっかり忘れていた。記憶にある父はまだ若く、クリスティーナがよく語る穏やかさとはほど遠い人だったが、ふと見せる表情は優しかったのを思い出した。 「君に奪われた財産を請求すると話したと思うが、あれは忘れてくれ。父が自分のために使ったものだ。それを俺が否定することはできない」 「アレックス様……」 「それより、君の父親について調べていたら、色々と怪しい話が出てきた。詳しくは王都に戻ってからだが、もしかしたら……君の父親はハメられたのかもしれない」 「えっ………!?」 「君の婚約相手だった男は、カーティス・レイヴンだったな。いい噂を聞かないし、どうもきな臭い感じがする」  カーティスの名前が出た途端、クリスティーナの動揺は色濃くなり、わずかに手が震えたのが分かった。 「……すまない。カーティスのことをもしかして今でも……」 「いいえ。婚約していた頃は、確かに気持ちは……。ですが父の件もあって一方的に破談にされました。それだけでもショックでしたが、すぐに他の方とご結婚されて……。今は……裏切られた思いしかありません」  クリスティーナの心にカーティスがいないと分かって、俺の心に生まれた不安はあっさりと消えた。代わりにクリスティーナを傷つけたカーティスへの怒りがふつふつと沸き上がってきた。 「パンドレア侯爵家の令嬢だったな。すぐに結婚とはタイミングが良すぎる。ちなみに、その結婚によってカーティスはかなりの利益を手にしている。パンドレア侯爵家の後ろ楯で大規模な事業に乗り出して、かなり儲けているらしい……。国の政治にも口を出し始めた。もうすぐ王宮の重要なポストに就くとまで言われている」  クリスティーナは目を見開いて驚いているようだった。無理もない、ここは王都から少し離れているし、わざわざそんな話題をクリスティーナの耳には誰もいれなかったのだろう。 「向こうに戻ったら、詳しい調査するつもりだ。俺も色々とコネがあるから、それを使って動いてみよう。君の父親が無実なら話はかなり変わってくる」 「…………んな。どうして……私のためにどうしてそこまで……」  クリスティーナの大きく開かれた瞳が揺れていた。てかてかと濡れていて、まるで水溜まりに映った空みたいだった。  クリスティーナの疑問に俺はどう答えるべきか考えを巡らせた。  父が世話になったから、恩を返すため、あの日傷つけたことの贖罪。可哀想な境遇への同情、成り行き上仕方なく。  どれも心の中で並べてみたけれど、左右違う靴を履いているみたいにはまらなかった。  その時、ポタリと一滴、俺の心に落ちてきたものがあった。  波紋に導かれるように顔を上げると、黙りこんだ俺を不思議そうな顔で見つめるクリスティーナと目が合った。  瞬間、心に広がったものの名前が分かった。 「あぁ……そうか。俺は君が好きなんだ」  不思議そうに俺を見ていたクリスティーナの顔が、みるみる真っ赤に染まった。  そして唇を震わせながら小さく、嘘と呟いた。 「嘘なものか。クリスティーナが好きだから、助けたいんだ」  好きという言葉を待っていたように、体のあらゆる部分が熱を放ち始めた。  驚きで開かれた瞳にキスを落として、赤い唇に噛みついて熱を注ぎ込みたい。  すぐに燃え上がってしまう自分に呆れてしまった。そんな気持ちを悟られないように冷静なふりをして、再び食事を続けることにした。  クリスティーナは真っ赤になりながら、動揺したのかすっかり言葉をなくしてしまったようだ。フォークを皿に置いた、カシャンという音がやけに大きく食堂に響いたのだった。  □□□
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