苺味or檸檬味?

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「先生!」 十和子は“数学教師”を呼び止める。 下校時刻が過ぎた廊下。 十和子の好きな人、“里中千秋”は、クールで表情が見えずなかなか陥落しない。 彼が“十和子の担任教師”というのも躊躇するポイントになっている。。厳しい私立の学校だと言うことを差し引いても、先生と生徒の恋愛なんて、もちろん推奨されたものではない。 「先生、あの、私…」 「なにか分からないところがあるの?」 「いいえ。あの、この前、先生に差し入れしたお菓子、どうでした?」 「あ、すみません、調理実習のクッキーですね。かわいいから食べないで冷蔵庫に入ってますよ」 「ええ?!」 千秋はくすりと笑って 「今から食べますんで、許してくださいな」 「はい!お願いします!」 十和子は体育会的に言ってしまう。 十和子よりも10センチ高い背丈。 笑うと目がなくなってしまう卵形の輪郭。 スーツよりもジャージよりもジーンズが似合いそうな長い足。 「もう、帰宅されます?」 「はぁ、下校時刻過ぎてますよね」 十和子は申し訳なさそうに言う。 「まだ帰らないなら、お茶をご馳走しますよ」 「へ?」 目が点になる十和子だが、彼の拠点である美術室のバックヤードに通される。 「折角ですので、一緒に食べましょう」 気の優しい大型犬を思わせる焦げ茶色の髪の毛をかきあげて、千秋は十和子にお茶を入れる。 十和子は机の端に置いてある小さくて綺麗な箱に目を止める。 (…先生、他の生徒からも何かしらもらってるんだ…) 「何か気になりますか?」 「あの包み、プレゼントですか?」 「ええ。とても好きな人にあげたいんです」 (先生から誰かへのプレゼントなんだ…) 千秋があまりに屈託無く答えるので、十和子は拍子抜けする。 「先生は、す、好きな人がいるんですか?」 「勿論いますよ?十和子さんもいるんじゃないですか?」 十和子は「目の前の貴方です」と言いたい気持ちを押さえる。 「いますよぅ勿論」 十和子は枝毛を探すように自分の髪の毛の毛先を弄くる。 「そう…」 千秋は口元だけ笑うと冷蔵庫にしまわれたクッキーを出した。 「じゃあ、これが俺への最後のプレゼントになるかな?」 「え?」 「こういったハートの形のクッキーは好きな人にあげないと意味がないよ」 「意味あるわよ!だって、私、先生、大好きだもん」 「…」 千秋は目を点にして押し黙り、やがて笑った。 「これ、クッキーのお礼です」 そして、机の端に鎮座していた綺麗な箱をポンと十和子の掌に載せた。 「クッキー、食べましょう?どんな味がするかな?」 十和子は膝から崩れ落ちた。
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