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宮下公園は一昔前はホームレスがたむろする、おせじにも清潔とは言い難い公園だったが、大規模リニューアルにより、近代的な建物とその上にある屋上公園に生まれ変わり、クラスの担任の先生に言わせると「変わりすぎて引く」そうだが、ココナは割りと気に入っている。
「きたきた、ココナーーーー」
「おーい」
ユノとノノカが、カラフルな石が壁に打ち込まれたボルダリングウォールの手前で交互にぴょんぴょん跳ねていた。
お気に入りのパイピングコートを着たユノが、制服の上にピーコートを羽織ったノノカに駆け寄った。
「そんなに遅れなかったね」
「うん。割とすぐ解決したから」
「解決?」
「そう」
先程の男子はいきなり付き合ってくれとは言わず、友達になりたいからLINEを交換してくれと言われ、LINEは前にストーカーみたいなことをされてトラウマがあると説明したらあっさり引き下がり、逃げるようにその場を去ったら、立ち尽くすだけで追いかけてはこなかった。
「また告白されたんでしょー。ココナってモテるから」
ロングコートにショートパンツ姿のノノカが、からかうように指摘した。
「どうでもいいでしょ?ボスいないけど……どこ?」
「ほら、あれあれ」
ユノがボルダリングウォールの方を指差し、ココナがその先を目で辿ると、ボスが壁にトカゲのように張り付いていた。
「ボス?!あんな趣味あったっけ?」
「最近ハマってるんだって。……あぶな!」
ボスがあとひとつで頂上のホールド(石)をつかもうと左手を伸ばすが右足を滑らせてバランスを崩し、ノノカが「きゃあ」と悲鳴を上げ、ユノがあらかじめ撮影しておいたボスの写真に「列の割り込み!」と叫ぶと、ボスが片足を中に浮かせたまま空中で固まった。
「ちょっとユノ!こんな人目がつくところで梵使ったら……」
ココナが周りを気にしながら小声でユノを咎める。みんな自分たちが上るのに必死で、ボスの異変に気付いた人は今のところはいない。
「落ちそうになったら助けてって、ボスに言われてたから……」
「そうなの?てかあの状態からどうすんのよ」
ユノの画像を介した金縛りは訓練によってその周辺の空間ごと、長ければ10分は効果を発揮するようになっていた。しかしこのまま10分固まっていたら、さすがに係員が不振に思うだろう。
3人がどうしようか頭を悩ませていると、ボスは解呪の音を歯笛で鳴らして金縛りを解き、宙に浮いていた足を別のホールドに置き直して、頂上のホールドをしっかりとつかんだ。
「ボス!すごいすごーい」
ノノカが無邪気に拍手して飛び跳ねる。
訓練でパワーアップした金縛りをあっさりと解除されたユノは微妙に落ち込み、ココナはユノの背中をさすって「解けた瞬間落ちなくて良かったじゃん」と慰めた。
3人のもとに戻ってきたボスが「待たせたね」と片手を上げ、ココナ、ノノカ、ユノの順に片手ハイタッチした。
「すいませんでした。変なところで梵使っちゃって」
「ん?あれで良かったよユノ。一度食らってみたかったんだよね、ユノの金縛り」
「すぐ解けちゃいましたね」
「落ち込まなくていいよ。『糸』で実存を軽くしてたから、解除しやすかったの」
理屈はよく分からないが、ボスがそう説明するのだからそうなのだろうと、3人はそれ以上特に質問をせず納得した。
場所を変え、屋上公園の盛り上がった人工の丘のところで、缶コーヒーを飲みながら話すことにした。ユノとノノカはコーヒーが飲めないのでカルピスとコーラ。
「それで……うちらがやってた守護霊の相談を、また始めるって、本当ですか?」
「そう。本当はもう止めてほしかったけど、ココナたちがあちこち助けて回ってたから、こっちにも依頼が来るようになっちゃって」
守護霊同士がどうコミニュケーションを取っているのか分からないが、あちらの世界にも口コミはあるらしい。
ココナのところにも噂を聞きつけた守護霊がタワマンの件の後にいくつか現れたが、もう相談はやってないんですと、泣く泣く帰ってもらっていた。
「相談がきっかけで状況が改善し、宿り主にもいい影響を与えたケースを鑑みて、上からも許可が出た。ただし、依頼は今後私が選びます」
「てことは、ボスも一緒に?」
「そうなるね。フィールドワークは久しぶり」
ユノとノノカは顔を見合わせて「ボスが来てくれるなら安心だね」「逆にうちら要らなくない?」と笑い、ココナは心配そうにたずねた。
「また、あの悪霊みたいな危険なことはないですよね……?」
「あれはイレギュラーだから。てゆうか、ココナはあれに勝ったんだから、もっと自信持ちな」
「いや、まあ、一応そうなんですが……」
ティラノサウルスで噛みつかせはしたが、自分だけではどうすることもできなかったのも事実なので、ココナは曖昧に笑った。
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