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「ひとつだけ、ヒントになりそうな記憶が……」
リカさんは少し言いにくそうな素振りを見せ、ボスが「話して」と背中を押すと、諦めたように言った。
「私の宿り主は、『ハッカー』です。それだけは覚えてるんです」
「『ハッカー』、ですか」
ココナはその存在は知っているが実際にどんなことをしているのかまでは知らず、ユノとノノカは、その言葉自体、よく分かっていないようだった。
「ハッカーっていうのは、コンピューターとかネットワークに侵入してプログラミングを書き換えたりできる技術者のことよ」
ボスが説明すると、ユノが「それって犯罪者ですよね?」と指摘し、ボスが否定した。
「ハッカーのなかでそのスキルを犯罪に悪用する人達が『クラッカー』と呼ばれる犯罪者」
「クラ……うう……よく分かりません」
ノノカが頭を抱え、ユノもいまいち納得していないようだった。
「私たち、パソコンの専門家じゃないし、ハッカーというキーワードが分かっても、どこから調べたら良いやら……」
ココナが正直に感想を述べ、リカさんが残念そうに言った。
「あなた達でも、無理そうですか?色んな守護霊が、頼りになるって話していたんですが」
「……………」
ノノカが話をつないだ。
「あの、リカさんは普段どのあたりにいるんですが?Wi-Fiでどこへでも行けるといっても、宿り主からそこまで離れられないはずですよね?」
質問内容に、ボスが満足するように頷いた。
「首都圏から外には出たことがないし、多分出られないと思います」
ココナが自分のスマホに首都圏全体の地図を表示した。
「まだ広い……。宿り主が分からなくなってから、どの辺りを探していたんですか?」
「都内を中心に、神奈川や千葉や埼玉の大都市のほうにも行ってみました。ハッキングの仕事は都会に多い気がしたので」
「ボス、そうなんですか?」
ココナがリカさんからボスに視線を移動した。
「詳しくは知らないけど、例えばどこかの企業のイントラネットに侵入するには、企業のビルがある場所に行かなければ不可能だし、正しいと思う」
ココナが携帯を操作し、首都圏の地図から埼玉、千葉、神奈川、東京にエリアをしぼった。まだまだ広い。
「もっとしぼらないと……」
ココナが途方にくれかけていると、ノノカがどこかあさっての方向を見てじっとしているのがわかった。
「ノノカ?何みてるの?」
「さっきからきいてたあの子が、『こっち』だって」
「えっ?きいてたって、うちらの話を?」
視線の先をたどると、アーチ形のモニュメントの向こう側に背の高い公園の街灯があり、まだ昼間の明るい時間帯にも拘らず、なぜかひとつだけ煌々と点灯している。
「あの……その方、大丈夫ですか?」
リカさんが心配し、ユノが説明した。
「ノノカは電力を利用した施設と友達になれるんです」
「友達?」
「基本はこちらから話しかけて仲良くなるんですが、逆のパターンもあるみたいです」
ユノの説明に納得したような、そうでもないような顔をするリカさん。
「みんな、こっち」
ノノカが早足で街灯のほうに進み、ボスが「よし、追いかけるよ!」とみんなを鼓舞した。
ノノカが先頭となり、平日でも人が多い渋谷の歩道の人波をするするとすり抜けて歩いていくユノ、ココナ、ボス。ココナは人混みが苦手でたまにぶつかりそうになる。
「え?まだ先?」
街灯や停車している車のヘッドライトや信号などがチカチカとノノカにメッセージを送り、どこかへ導こうとしている。
ココナがふとボスを振り返った。
「リカさんは?」
「携帯に戻った」
ボスが見せたスマホの画面から、リカさんが手を振っている。
「リカさん。うちらを呼んでいるの、宿り主さんだと思います?」
「わからないけど…宿り主のほうから私を探すことはないと思う。守護霊信じるハッカーって、いなそうじゃないですか?」
「確かに……」
守護霊は犯罪者以外全ての人間に宿るのだが、自覚している人はごくごく少数。大抵の人は目に見えないのだから。
「なんか勢いで走り出したけど、これ罠の可能性もあるんじゃ?前みたいに」
ユノが前回酷い目に合ったので、誰となしに言った。
「ノノカは邪気のない純粋な思念にしかシンクロしない。大丈夫だと思うよ」
ボスが言い、同じように警戒していたココナも少し安心した。
「……ただ、明治神宮の中だとすると厄介ね」
ボスの言葉の意味を、部下であり弟子の3人もよく分かっていた。
神社は基本的に霊的な結界の構造を成しているので、守護霊を礎とする梵の効力が著しく減退してしまうのだ。
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