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かなりの声だったので一同はぎくりとしたが、女性に霊感はないらしく、特に聞こえている様子はなかった。
本当はびっくりして顔がひきつったボスだったが、すぐに自身も何も聞こえなかったふりをして、女性に質問した。
「あの、変なこときくようですが、お知り合いにハッキングが得意な方はいらっしゃいます?」
「ハッキング?システム構築がメインなので、そういう類の知り合いはあいにく……」
目を反らす女性に、ボスがコード音「B7」の音を発した。糸のようなものがボスの口から伸び、女性の口にするると侵入する。
「………!」
ココナ、ユノ、ノノカに緊張が走る。相手が嘘をつけなくなる音階の糸だ。
「……そう言えばひとり、います。携帯のアクティベーションコードを忘れた時に、格安で解除できる人をSE仲間のツテで紹介してもらって」
「その人の名前は?」
「ネットを通じて解除してもらったので、顔も本名も知りません。ハンドルネームで『ヤス』と名乗っていました」
「『ヤス』ですか」
「Y、A、Sでヤスです。………あ、あれ、 何でわたし喋ってるんだろ?誰にも言うなって言われてたのに……」
ボスの梵が解けて戸惑い、激しくまばたきをしている女性に、「ご協力感謝します」と両手で握手をして礼を言うと、ボスは「行くよ」と皆を連れて、その場を後にした。
渋谷駅まで戻り、マークシティのスターバックスにボス、ココナ、ユノ、ノノカが横一列に座り、一番安いドリップコーヒーを4人ぶん頼んだ。
「フラペチーノだめですかボスぅ」
くちをすぼめておねたりするユノに、ボスが「コーヒーが目的じゃないから」と叱り、「(私コーヒー飲めないんです……)」と遠慮がちに言うノノカに、「先に言ってよ」とボスがカップを自分の所に持っていった。
ココナも実はコーヒーがそんなに得意ではないのだが、カッコ悪いので黙っていた。
「ボス、さっきの人から聞き出したヤスって人が、リカさんの宿り主さんなんでしょうか?」
ココナの質問に、ボスの代わりにボスの携帯にいるリカさんが答えた。
「それっぽい感じはするんですけど、その名前をきいてもいまいちピンとこなくて……」
「ノノカの技は無意味に発動することはない。因果の糸を見つけたからこそ、あの場のあの人にうちらを導いたんだ。きっと何かある」
ボスの確信を込めた口調に、皆も納得した。
「私の携帯はリカさんがいるから、みんなのでググってみてよ。YAS か ヤスと名乗る個人アカウントか、関連ワードでアクティベーションロック解除をつけて」
指示に従い、皆が各々の携帯で検索を始める。似た名前のTwitterアカウントがヒットするが、なかなか同名のアカウントは見つからず、Facebookにたまたま同じ名のユーザーがヒットしたと思ったら、何年も前に投稿をやめている捨てアカウントだったりと、それっぽい人物はヒットしない。
「検索では無理っぽいね……」
ボスが諦めかけると、リカさんが手を挙げた。
「私がやってみましょうか?」
「リカさんが?」
「電波に乗って移動する以外に、感覚としては、その文字列特有の『匂い』がどこから漂っているのか、探知できるんです」
「よく分からないけど、リカさんなりの検索ができるってことですか?」
デジタル関連にあまり強くないボスの代わりに、ユノが翻訳した。
「そんな感じです」
ボス静かに指摘した。
「……そんな能力があるなら、最初から使えば良かったのでは?」
「キーワードが何もなければ使えない能力です。……私のこと、疑ってるんですか?」
「いえ、そういう訳では」
「やってみますね。見つけられたら、これ以上皆さんの手を煩わせずに済みますし。少し待っていて下さい」
リカさんはそう言い残すと、紫色にスパークする電波と化して携帯のなかにスッと消えた。
「……ボス」
リカさんが完全に遠ざかったのを確認して、ココナが密かに思っていたことを打ち明けた。
「思ってたんですが、リカさんて、うちらと同じ、宿り主に鍛えられた守護霊じゃないですか?」
「…………」
ボスは即答せず、口元に手を置いて考えている。
「そうなの?てことは、同じ結社に所属……?」
ノノカの憶測を、ボスが首を横に振って否定した。
「それっぽいけど、結社の梵使いに所属する宿り主の守護霊なら、報告した時点で誰かが気付くはず。でもココナの言うこともノノカがそう思うのも分かる。最初からあんなことができる守護霊はいない。リカさんの宿り主は間違いなく『見える』人で、トレーニングで能力が開花することを知っている」
「てことは、また罠かも?」
ユノが前回の件を思い出して言い、怯えた子猫のように小さくなって震えた。
「その可能性も考えたけど、リカさんは嘘をついてない。それは私の心眼が保証する」
ボスは相手が訓練された歴戦のスパイだろうが、強力な戦国時代の悪霊だろうが、確実に嘘を見抜ける。なので、ココナたちも下手な嘘はついても無駄と知っている。
「疑念は残るけど、疑い始めたらきりがない。取り敢えず待ちましょう」
コーヒーを口にするボス。ココナも真似をして飲んでみて、苦さに顔が歪むのをばれないように顔を背け、ユノとノノカはメニューのケーキを頼もうと、お互い電子マネーの残高を調べ始めた。
「ココナ、飲めないなら無理しなくていいよ」
「いえ…大丈夫です。飲みます」
ココナがボスの前で頑張ってコーヒーを冷ましながらすすっていると、10分もしないちにボスの携帯にリカさんが帰ってきた。浮かない顔だ。
「お帰りなさい。その様子だと……収穫なしでしたか?」
「いえ、匂いの強い場所は見つけたんですが、デジタル機器を使う人が密集している場所のせいか、特定できませんでした……」
「システム開発系の会社とか?」
「いえ、そういう企業とかではなくて、私も少し戸惑ってしまって」
ユノがチョコレートムースのココアパウダーを口の周りにつけた状態で「とりあえず、言ってみて下さい」背中を押した。
「わかりました。YASというハンドルネームの人物は、恐らく『デジタル庁』のフロアにいる職員です」
一同が沈黙する。
「デジタル庁……って何ですか?ボス」
フルーツタルトを頬張りながら、ノノカがきいた。
「日本の行政のデジタル化を推し進めるために設立された省庁よ。ということは、リカさんの宿り主はハッキングの技術を買われて、政府の仕事をしている……?」
「え?ハッカーって、政府に協力したりするんですか?」
ココナの指摘に、リカさんが答えた。
「匂いの元を探してる最中に、色々と記憶が甦ってきたんです。宿り主は私を使って、SNSのいじめ被害者を助けたり、酷い誹謗中傷を書き込んできた相手にハッキングで反撃したりしてました」
「おお、ネットの神だ」
ユノが感心した。ケーキはもうなかった。
「……でもそれじゃお金にならないから、オレオレ詐欺の実行犯や手先の連中のアドレスを突き止めて、銀行口座からお金を抜き取ってたりもしてました」
「それは……なんとも言えませんね」
ボスが倫理を説こうとして濁した。
相手が許しがたい犯罪者であれ、口座から金を盗むのは違法。その金はそもそも罪のない被害者から巻き上げたものかもしれない。
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