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「人手不足でネット犯罪に対処しきれない警察のサイバー対策課や、名ばかりのデジタル庁みたいなものは、むしろ見下していたように思うんです。だからこそ、政府系の組織にいるYASという人物が宿り主とは思えません」
「もしかしたらYASは、宿り主さん本人ではなく、そのハッカー仲間かもしれません。取り敢えず、その人が仕事を終えて建物から出るところを待ち伏せしてみましょう」
ボスがそう決断して立ち上がり、食べかけのケーキを一口でほおばったノノカの背中を「ほらほら早く」と促して、皆でスタバを後にした。
半蔵門線で普段なら何の用事もないので通過していた永田町駅で降り、案内板に沿って歩いていくと、四角いハムスターのケージを縦に何個も重ねたような形のビルが見えてきた。
東京ガーデンテラス紀尾井町だ。
「この近くに高級フレンチの店があるのよね」
「来たことあるんですか?ボス」
ココナが興味津々なトーンでボスの顔を覗き、ユノとノノカも聞き耳を立てる。
「前付き合ってた人が誕生日に誘ってくれたんだけど、私クリーム系のソースがあんまり得意じゃなくて、お互い気を遣って変な空気になってね」
「それで?その人とは?」
「どうでもいいでしょ。ほら、待ち伏せできそうな場所探すよ」
「えー…」
ボスの恋愛事情は断片的にしか教えてくれないので謎なのだが、そういう話が大好物なので、ココナはいつか3人でタッグを組んで梵を使ってでも全容を聞き出そうと目論んでいる。
ビルに入り、ロビーにある案内図の前でボスが立ち止まった。
「19階と20階がデジタル庁みたいね」
「ここで働いてる人、かなりの数ですよね?リカさん、その人物が近付いたら、特定できますか?」
ココナが話しかけると、携帯からリカさんが目の前まで抜け出てきた。
「『匂い』は覚えました。YASの名を使う端末を持っていて他の人と離れている状態なら、特定できると思います」
「証拠が残るデスクのパソコンで個人的は副業はしないはずだから、端末は持ち歩くはず。みんな聞いて。省庁の職員でありながらハッキングでこっそり副業できるほど技術がある人は、滅多に残業しない。17時すぎに出て来る人に集中しましょう」
ボスが提案し、ノノカの「仮に珍しく残業するとしたら?」の質問に、「その時は皆は帰して、私とリカさんだけでやる」と返した。
「まだ若いあなた達にとって、あくまでこれは訓練の一環だからね。あまりご家族に心配かける訳にもいかないし」
「そんなぁ。ここまできて途中下車なんて」
ユノがほっぺたを膨らませた。
「遅かったらの話よ。大丈夫、割とすぐ降りてくる気がする」
ノノカがニコニコしながらユノに言った。
「根拠は?」
「エレベーターと友達になった。その人、そろそろ来るよ」
一同が「えっ」という顔をして慌てて携帯の時計を見る。16:39だ。
「いや、まだ仕事終わってないは……」
ボスがそう言いかけた瞬間、ロビーの明かりが一斉にフッと消えた。電灯だけでなく、デジタルサイネージや受付のモニターも真っ暗になっている。
「停電!?」
暗さに怯えるユノ。ノノカが床に手を置いてまぶたを閉じる。
「………これは、エレベーターで降りてきた人が階と階の間で止めて外から侵入されないようにしてから、タブレットPCを使ってシステムに侵入して、勝手に電気を止めてるせい。この階だけの電気を」
階にいた他の一般客らが、何事かとざわつきながら、非常口を探し始めている。
「……うちら、今その人に見られてる。ここから見て西側の天井にある監視カメラから、こちらを」
ノノカの言葉に、全員に緊張が走る。
ユノが携帯のカメラを起動し、ココナがお腹の前に両手を持っていく。
すると、ちょうど皆がいるすぐ側のデジタルサイネージに、文字列が光って浮かび上がった。
ミテルゾ
「ひっ」
ユノが怯え、ココナとノノカも身を固くする。
ボスが全員を庇うように立ち上がり、周囲の気配を探りながらきいた。
「ノノカ。電気消えてるけど、カメラからどうやってこちらを見てるの?」
「暗いところでも見えるカメラ。ビルの監視室じゃなくて、タブレットからカメラに仕込んだ遠隔電波で見てる」
「カメラに仕込んだ?ってことは、うちらが来ることを予測してた?」
ココナとユノが顔を見合わせる。
「遠隔電波……。リカさん、それなら監視カメラにアクセスしてる電波から発信元を辿って、そのタブレットを妨害できますか?」
携帯からするっと出たリカさんが、カメラのもとへ飛んでいく。
「やってみます」
リカさんの姿が静電気のようなスパークとなって消えた。ココナがきく。
「……ボス。これ仕掛けてるの、恐らくYASという人物ですよね?一体どのタイミングで探られてることに気付いたんでしょう?」
「わからない。ただ、ここまで露骨に警告してくるってことは、余程近寄られたくない何かがあるんだよ」
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