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監視カメラやフロアのあらゆるシステムをハッキングして操作する電波は、たくさんの流れが一点に集まっているので、リカさんはそのタブレットPCの位置を辿ることができた。
「そこね」
リカさんは電波と一体化できる能力で侵入した。
「!?」
電気の消えたエレベーターの中でタブレットを操作していた人物は、ボスたちを捉えたカメラの映像と、近くのデジタルサイネージに表示させたテキストのプログラムのウインドウが開いている画面に、突如浮き出るように現れたリカさんに目を見開いた。
「うわあっ!」
「悲鳴にその表情……私が見えてるの?」
「お前は…………」
呟いたのは女性の声だ。
「私はリカ。相棒を探してるの。あなたかと思ったけど、違う。あなたは誰?YASって人?」
「ええっ!?」
その謎の女性はギクリとして、その拍子にタブレットを床に落としてしまった。落下の衝撃でタブレットの電源が消えてしまい、フロアのあらゆる電気系統のコントロールが元に戻る。
停電が回復したフロアで、エレベーター内の監視カメラと友達になったノノカが、明るくなったエレベーターの人物の姿を「見た」。
「見えた!スーツを着たセミロングで黒いアンダーフレームメガネの女の人。タブレットを床に落としてる。あれでハッキングしてたんだ」
「リカさんは?」
カメラで辺りを探すユノの携帯の画面に、リカさんがひょいと戻ってきた。
「わ!びっくりさせないでよ!」
「あ、ごめんなさい。こっちじゃなかった」
ユノの携帯を経由して、皆の前にリカさんが出現する。ボスがきいた。
「助かりました。エレベーターにいたのは、知ってる人でしたか?」
リカさんが「いいえ」と否定した。
「あの人もハッカーだけど、宿り主じゃりません。端末から匂いもしないし」
「そうですか……。とりあえず無力化したなら危険はないですね。みんな、エレベーターホールへ」
ボスが先頭に立ち、全員が小走りでホールへと向かった。
ホールに着くと、エレベーターの階層表示の一階が灯り、扉がゆっくりと開いた。
中にいた女性がすかさず閉じるボタンを押そうとするが、ボスの足が扉にスッとかかった。
「あっ………………」
女性を壁際に押し込むように、エレベーターにボス、ココナ、ユノ、ノノカの順に乗り込み、ボスが19階と扉の閉めるボタンを連続で押した。
ユノが携帯のカメラを女性に向け、「おかしな動きをしたら金縛りにします」と警告し、エレベーターの壁に手を置いたノノカが、「このエレベーターを外からハッキングしようとしても無駄です。途中の階でも止まらないようにしました」と目を閉じたまま宣言した。
「なんなんですか、あなたたち……」
「それはこっちのセリフだよメガネ」
ボスが女性に詰めより、首にかかるスタッフパスを見て「ナカヤマ」という名前を確認した。
「ナカヤマさん。うちら、あんな脅しで逃げ出すような、か弱い女じゃないの」
「………………」
「どうしてあんなことを?」
「なんのことですか?知りま……」
「あんたはハッキング技術で世界を支配したように思ってるのかもしんないけど、そんなもん通じない人種がいるんだよ。……ココナ」
ボスの合図で、ココナが両手で包み込むような形を作る。その中から、無数のセアカゴケグモがぶわあっと溢れだして、ナカヤマの身体に足元から胸の辺りまでわらわらとまとわりついた。
「ひいいいいいい」
ただでさえ生理的嫌悪感を引き起こすものなのに、そもそもクモが苦手だったらしく、白目をむいて気絶寸前まで追い込まれるナカヤマの様子を見て、ココナが近くにいる一匹にキスをして、クモの群れを紙吹雪に変えた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
憔悴しきったナカヤマが、へなへなと床に座りこんだ。
「何故うちらの接近を知ったのかきいてるの」
ボスの迫力に気圧され、ナカヤマが小声で明かした。
「……上司の命令で、YASという人物を探してる連中が来るから、近づけないようにって、命令されて」
「……嘘はついていないようね」
「ボス。その人の首から下げてるの見て」
ユノの指摘に、ボスがナカヤマのスタッフパスに印刷された文言を読んだ。
「デジタル庁外報部。なるほど。それで、YASという人物に心当たりは?」
「…………………」
「じゃあ、命令を下した上司の名前は?」
「…………………」
だんまりを決め込むナカヤマ。黙ってそれを見下ろすボス。ココナが脅す。
「もう一度クモを出してやろうか?」
「ひいい!本当に何も知らないんです!上司の名前は、ホシナです」
「ホシナ、ね」
ボスがその名前を携帯でメモする。
停止した狭いエレベーターの中で、これからどうするのか指示を待つココナ、ユノ、ノノカ。
「……ボス、誰かがエレベーターを外部から強引にコントロールしようとしてる」
異常を察知したノノカが報告し、ボスが察した。
「ナカヤマの失敗に気付いて、仕掛けようとしてるな。よし、そのホシナとやらに直接きこう。ノノカ、そのタブレット直せる?」
ナカヤマが落として壊したタブレットを、ノノカが拾って抱きしめて目を閉じた。数秒後、タブレットを見てみると、電源が戻っている。
「ええ!?一体どうやって……?」
驚くナカヤマにノノカが「んーと、話しかけて、友達になって、励ますんです」
「友達?励ます……?」
ノノカが素直な言葉で説明をしたが、ナカヤマには当然理解できなかった。
「ナカヤマ。クモ責めに遇いたくなければ、19階と20階の監視カメラにアクセスして、ホシナがどの人か教えろ」
「クモは本当にやめて………」
ナカヤマが泣く泣くタブレットを操作し始める。
「ノノカ。エレベーターを1階へ」
ユノが「え?」という顔をした。
「戻るんですか?」
「そうよ。わざわざ敵の懐に行く必要がなくなった。あんたの力の見せ所だよ、ユノ」
ボスが背中をぽんと叩き、ユノが思わず前によろめいた。
ノノカがエレベーターの壁に手を置き、鉄の箱ががくんと下降を始めた。
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