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半蔵門線に乗り、錦糸町駅に降り立つココナとユノ。高いビルの数が新宿ほどではないので、2人とも少しだけ解放されたような気持ちになる。
「その辺あんまりわかんない。どっち?」
「ココちゃ、さっき知ってそうな顔してたじゃん」
「そう見えただけでしょ。ノノカから何か来てる?」
「ZARAの前にいるって」
「ZARAどっちよ?」
「ええとね……」
ユノがGoogleマップで調べて、おのぼりさんみを隠さずキョロキョロしながら向かうと、北口のZARAの前に、時代がかった着物姿のおばあさんと、その横でARROWSの携帯をいじっている、デコ出しロングの髪で、お嬢様ふうワンピース姿のノノカの姿があった。
「やっときた。こっちー」
向かいの歩道から2人並んで歩いてくるココナとユノに気付いたノノカが、携帯と反対の手をぶんぶんと高く振った。ユノと同じまだ中学2年生であどけなさの残る顔だが、ロングヘアーが美しく、モデルさんばりに手足もほっそりとして長いのでよく目立つ。
「こんにちは」
ココナがおばあさんに話しかけると、おばあさんは不思議そうな顔で見上げた。
「あら?あなたもみえるのねぇ」
「はい。生まれつきです。私はココナと言います」
ZARAのガラス壁におばあさんは反射しておらず、はた目にはココナが何もない壁に向かって話しているように見えるので、ユノとノノカがおばあさんの左右に立って壁になり、違和感がないように工夫している。
「ココナさん。イマドキのお名前ね」
「おばあちゃんは、何年生まれ?」
「大正生まれ。それだけは覚えてるの」
そんなはずはない。女性として年齢を言いたくないのだろう。もう死んでいるというのに。
「あなたとお友達が、あたくしの宿り主を助けてくださるの?まだお若いようにお見受けしますけれど……」
ココナがお腹の前で両手を上下から包み込むような形を作ると、指の隙間からぬっとカラスの顔が飛び出し、おばあさんが「ひい!」とのけ反った。
「『梵』(ぼん)という技の一種です。ここにいる2人も使えます。まだ未熟ですが、この技を使い、既にいくつもの守護霊の依頼を解決してきました。その噂を聞きつけて、依頼を出してくれたんですよね?」
ココナがカラスの頭に軽くキスをすると、カラスは紙吹雪となり風に舞って消えた。
「おどかさないで、心臓が止まるかと」
もう止まってますよね?とツッコミは入れず、ココナは素直に「すみません」と謝った。
「不思議な技があるのねぇ。ただ、あの男たちにそんなものが通用するかどうか……。あなた達のような若い女の子たちに、危険なことをさせる訳には……」
ユノが自分より背が低いおばあさんの顔を屈んでくいっと下から見上げた。
「まあ、話すだけ話してみたらどうですか?」
「でも………」
ノノカもユノの反対側から言った。
「うちらのこと、信用できませんか?そもそも他に、相談相手なんています?」
「それは……そうねえ………」
おばあさんはなかなか相談事を打ち明けてくれなかったが、3人の少女に囲まれたまま迷い続けてもらちが明かないと感じたのか、観念したように「話すだけなら」と始めた。
「あたくしの宿り主は、八木あやめという女子大生ですの。と言っても、福島から上京して妙な男たちと遊ぶようになってから、ほとんど大学には行かなくなってしまったのだけれど」
ココナがすかさずスマホのアプリでメモを取りながら訊いた。
「妙な男たち、というと?」
おばあさんは少しためらいながらも、打ち明けてくれた。
「表向きは二十歳以上の学生限定で『日本酒研究会』と名乗っているけれど、実際は十代の子もいる、非合法の大麻サークルなのよ。大麻、わかる?よくない葉っぱ」
ユノとノノカがゾッとした顔を見合わせ、ココナが2人に目配せをしてから、おばあさんに向き直った。
「……大丈夫。おばあさん、それで?」
「川口にあるタワーマンションの高層階に彼らの部屋があって、あやめはそこに軟禁されているの。何とかあの子を助け出して、彼らとの関わりを断ってもらいたいのだけれど……」
ココナはメモを終え、髪をかきあげてそのまま後頭部をさすりながら、ブックマークしている法律の検索結果を表示した。
「場所がわかってるなら、匿名で通報します。逮捕歴はつきますが、しばらくはそいつらと距離を置けるかと」
おばあさんは首を横に振った。
「それが、サークルのメンバーに警察キャリア官僚の息子がいて、逮捕されても圧力でうやむやにされてしまうのよ」
「そんな……………」
黙りこむ3人。
ノノカが、心配そうにココナの二の腕を掴んで耳打ちする。
「(ねえココナ。今回の、さすがにハードル高くない?)」
「……………」
ココナはノノカの質問に答えず、おばあさんの困り果てた顔を見た。
守護霊は基本的に宿り主を見守るだけで、においなどで物理的に危険を知らせたりして警告することはできても、それ以上のことはせいぜい花のつぼみを一輪咲かせることぐらいしかできない。
「我々のような技を持ち、霊魂である彼らと交流できる者からすると、誰にも相談できずに困り果てているのを放って置けない気持ちも分かる。しかし、基本的に生きている人間が彼らを手助けをするべきではない」
上司にあたる管理官の「ボス」に日頃から注意されていたが、どうしても無視することができずに、自主的な課外活動として、守護霊専門の悩み相談を、部下である仲の良い3人で始めた。
平日は高校生と中学生なのでなかなか動けないが、ここ数ヶ月の土日はフル稼働で奔走している。
相手は守護霊なので、解決してもこれといった報酬があるわけでもないが、感謝の言葉をもらうたび心が満たされるような気がして、これはきっと意味があることに違いないと、活動を続けている。
ココナは胸にグッと拳を当て、なぜこの活動を始めたかの初心に立ち返り、宣言した。
「絶対に助け出せる保証はできません。でも、ぜひその依頼、受けさせて下さい」
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