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ボスたちが乗っていた右側にあたる別のエレベーターが、20階から1階への移動をランプで示し、扉が開くと中から担架を担ぐふたりのスーツの男性と、担架にのせられたブラウンに染めた巻き髪のスーツ姿の女性が降りてきた。
女性は担架の上で走る途中のようなポーズのまま、固まっている。
そこへ変装用の白衣を着たボスが、タイミングを見計らって駆けつけた。
「連絡を受けた者です。その女性をこちらのソファーへ」
担架を運ぶ男性2人は素直にエレベーターホール手前のソファーに、女性を横たえた。
「あなただけですか?救急車まで運ばなくて大丈夫ですか?」
「彼女の症状は把握しており対処できますので、問題ありません。あとはお任せ下さい」
「わかりました……」
2人の男性は心配そうにチラチラと女性のほうを振り返りながら、乗ってきたエレベーターで帰ってった。
「……ユノ。もういいよ」
ボスが言うと、壁の角から、ナカヤマが教えたホシナの姿を自分の携帯に写し、金縛りの技を発動させ続けたユノが、ぜいぜいと息を切らしながら現れた。
「ボス………こんな長い時間、金縛りもたせたの、初めてです………」
「よく頑張った。あとでご褒美あげるから」
ココナとノノカもユノを支えるように現れ、その後ろからナカヤマが申し訳なさそうに出てきた。
金縛りを解かれた女性が、ソファーの上でボスとココナとユノのノノカに見下ろされる形で囲まれて、身体を守るような格好で震えた。
「治ってる……?デスクで身体が動かなくなって、都合よく病院から連絡を受けたっていう同僚が駆けつけて運び出されて………。もしかして、全部あんた達の仕業………?」
「初めまして、ホシナさん。よくも部下を使ってうちらを脅してくれましたね。こっちは人を探しに来ただけなのに」
ボスがホシナの襟首を掴んで詰め寄った。
「その手を離しなさい。こっちは政府直轄の省庁なのよ。こんな真似してどうなるか………」
「偉そうにのたまうなこの税金泥棒が。遠隔金縛りを科学で証明できると思うなら裁判でもしてみるか?」
「な、なんなのよ、それ…………」
「なんでうちらをYASから遠ざけようとする」
「………………」
あからさまに知っている表情をするが、口を閉じるホシナ。
「……ココナ」
ボスがココナを呼ぶと、手の中に出現させて準備していた大量のナメクジを、ホシナの顔の上からボタボタと落とした。
「ひやあっ!何これ、キモッ!うげえっ!」
ボスがナメクジを避けようとするホシナの頭を、逃げられないようにソファーにグイイッと押さえつけた。
「ナメクジの踊り食いだ。試してみるか?案外うまいかもな」
「ぎひいいいっ!やめて、わかったからやめて!」
ボスがココナに目で合図し、ココナが頷いてナメクジをふっと吹いて紙吹雪に変えた。
額に脂汗を浮かべたホシナがもうなくなっているはずのナメクジを振り払いながら上体を起こし、両手で顔を押さえながら、ぜいぜいと肩で息をする身体が落ち着くのを待った。
「……あんた達、見たところ日本人よね。どこの国から依頼されたか知らないけど、国を売ることに何の良心の呵責もないわけ?」
ホシナの口から出た言葉に、皆は首を傾げた。
「国を売るって?」
「とぼけないでよ。YASを狙うのは、外国の諜報組織ぐらいしかあり得ない」
突然出たスケールの大きい話に、ボスが後頭部をわしわしと掻いた。
「なにそれ。勝手に盛大な勘違いしないでよ。うちらを見て、そんな風に見える?」
ホシナがボス、ココナ、ユノ、ノノカを順に見ていく。姉と妹、もしくは従姉妹たちといった風情だ。
「……そんなの、見た目じゃわからない。あなた達は雇われただけで、裏に何者かが……」
「そんな大袈裟な話じゃねーよ。そもそもYASって、一体何者なのよ?」
「まさか、知らないでここに来たってわけ?」
ホシナが呆れたように言った。
「……YASは天才ハッカーよ。それこそ、国をひとつ潰せるレベルの」
「天才ハッカー?iphoneの脱獄で小銭稼いでるような人でしょ?」
ホシナがやれやれと頭を抱えた。
「誰と勘違いしてるの?YASはそんなレベルの人材なわけないでしょ?あ、適当なこと並べて誤魔化そうとしてるわね」
「………ちょっと待って」
ボスがホシナとの会話を止め、携帯を出した。
「……リカさん。今の話に聞き覚えは?」
ボスの携帯の画面に出たリカさんが、悟ったような顔をして言った。
その表情は、それまで見せていた人間的なそれとは異なる、よくできたAIのロボットのようなものに変化していた。
「……ええ。あります。つい先程、起動アイコンがタップされ、隔離してあった私の記憶のプログラムが再インストールされました」
リカさんがボスの真横に出現し、抑揚のない機械的なトーンで言った。
「私は、YASの相棒のリカ。宿り主は、こちらのビルの3階、フランス料理店ル・ファボリで皆さんをお待ちしております」
ボスとココナが顔を見合せ、ユノがノノカに「フランス料理食べたことある?」と耳打ちし、ノノカが首を横に振った。
「リカさん、あなたは………」
「私のことについても、YASから説明されると思います。予定より少し早いですが、ディナーの準備はできております。冷めないうちに参りましょう」
恭しく頭を垂れるリカさんに戸惑いつつ、ココナのお腹がぐぅーと鳴って恥ずかしそうに顔を反らすのを見たボスが、「わかりました」と、リカさんについていくことを決めた。
「ちょっと!どこ行くのよ!」
「あ、忘れてた。あんたはリカさん見えてないのね」
ボスが途中で足を止め、ホシナを振り返って言った。
「うちらも、あなたたちも、YASに踊らされてたみたい。ま、そのぶんご馳走してもらえそうだけど」
「YASに?どういうこと……?」
ソファーに取り残されたホシナは、何か言いたげな口を開けたまま、エレベーターでレストランへ向かうボスたちをただ見送ることしかできなかった。
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