ウインターハック

11/16
前へ
/26ページ
次へ
フランス料理店はボス以外初めてだったし、罠の可能性も捨てきれず3人は緊張気味で警戒していた。 「そんなに固くならないで下さい。今日は貸し切りです」 リカさんが言う通り、店の入り口に「貸し切り」の看板が立てられており、他の客が誰一人見えなかったが、より罠のような気がしてボス以外は余計に緊張した。 「あちらです」 リカさんが導く手の先に、パーカーのフードで頭を覆い、ブックタイプのカバーを付けたタブレットを弄っているので顔が見えない人物が、奥の4人がけテーブルの奥に足した5つめの椅子に腰かけていた。テーブルには4人分のナイフとフォークが用意されている。 「こんにちは。あなたが、YAS?」 先陣をきってココナがたずねると、 フードの人物が「お」と声を出し、タブレットを閉じて立ち上がった。 「やあやあ、来てくれたね。さすがだよ、君らのチームワーク、不思議な能力、そして大胆さ」 明るい女性の声だ。立ち上がった勢いでフードが取れたその人物は、ベリーショートの髪をプラチナブロンドに染めた、ボスとそう変わらない年齢に見える女性だった。 「初めまして。ヤスといいます。川口のタワマンで君らがでっかい恐竜に乗ってるのを見て、ずっと会って話がしたいと思ってたんだ」 憧れのヒーローに会った少年のようなほくほく顔で無邪気に話すヤスに、ボスをはじめ皆、戸惑いを隠せなかった。 「あの場にいたの?」 ユノの問いに、ヤスがうんうんと頷いた。 「タワマンに巣食うヤバい連中いたでしょ?妙な悪霊が信者を操ってたあれ。リカが見つけて、ずっと監視してたんだけど、こちらがどうやって壊滅させるか作戦を練っている間に君らがあの妖怪婆さん潰しちゃって、ビックリしたよ!実際、助かったけどね」 早口で畳み掛けるヤスに、リカさんが「お料理が」と進言した。 「あー、そうだった。みんな好きなとこに座って」 言いたいことや聞きたいことが山ほどあるが、ヤスのペースに巻き込まれて、何となく抵抗する理由も見つからず、皆お腹も空いていたので大人しくテーブルについた。 「マナーは気にしないでいいから、自由に食べて。もう支払いも済ませてあるから」 嬉々として説明するヤスに、ノノカが思わず「ありがとうございます!」とお礼を述べ、ボスにキッと睨まれてしゅんとした。 「最初からあなたが全部仕組んだのね。まず、リカさんのことを教えて。あなたには見えてるのよね?」 ボスの問いにヤスが答える前に、背が高くマスクをしているので表情が見えない男性の店員が前菜を運んできた。 一口料理、エビとホタテ貝のポシェだ。 「うわぁ」 ココナとユノとノノカがほぼ同時に声をあげ、ボスの視線など無視して食べ始めた。ユノがナイフとフォークをいまいち使いこなせず、強引に突き刺して食べているのを、ヤスがおかしそうに見ている。 「かわいいね、君の部下」 「訓練生よ。それも、かなり有望な」 「うん、知ってるよ。あのタワマンでの戦いを見てたからね。さっきの質問に答えると、霊感ないが、特殊なコンタクトを入れているから、見えてる」 「霊が見えるコンタクト?嘘でしょ……?」 「リサーチによると嘘は見抜けるんだよね?」 「…………」 手の内を見透かされているようで、ボスは不機嫌に黙った。 「で、君から見て、ボクの相棒はどう思う?霊と呼ばれるものの素体を暗黒物質と仮定して、物理的に構成してみたんだけど」 「物理的にって………まさか、リカさんはあなたの守護霊じゃない?」 「犯罪者にはつかないんでしょ?ボクはハッキングで俗に犯罪と呼ばれる行為に抵触することもやってるからね。君の法則が正しければ、ボクに守護霊はいないはずだ」 ボスがヤスの言葉を咀嚼し、ある結論を導き出した。 「……まさか彼女は、人工の霊体なの?そんなこと……」 「ええっ!?」 ココナもユノもノノカも、ボスの言葉に固まった。 「そうだよ……と言いたいところだけど、そこまで作りこむことはできなかった。AIを導入しようとしても理論に技術が追い付かなかったんだ」 店員がポシェの皿を下げ、スナップエンドウのポタージュを運んできた。ユノとノノカが目をキラキラさせ、豆が苦手なココナが少し困った顔をした。 ボスが入り口付近で静かに立つリカさんを見る。 「リカさんからは、人工とは思えない霊の波動を感じる。彼女はなに?」 「生き霊」 「生き霊?!ということは、彼女の本体は?」 ヤスがタブレットを操作し、24時間ライブ配信されている動画を映した。 女性らしい北欧ふうインテリアの部屋に、酸素吸入器や栄養チューブに繋がれた女性が横たわっている。その顔は目を閉じていて痩せているのですぐには判別できなかったが、リカさんだ。 「元々ボクの部下だったが、てんかんの発作を起こして、意識不明の寝たきり状態になってしまった。彼女の魂がどこをさ迷っていたか知らないが、研究中の人工霊体の素体と融合してしまったんだ」 「そんなバカな…………」 「ボクも驚いたよ。ただ、脳死状態で肉体だけ維持している状態で、いわゆる魂と呼ばれるものに意識が残っていることが証明されたのは大きな発見だった。ボクはコンタクトのお陰で姿は見えるが、コミュニケーションは取れない。しかし、素体との融合で電波状態になれる能力を得た彼女は、スピーカーやイヤホンに電気信号を送ることで声を伝えられたんだ」 店のBGMを流していたスピーカーから、リカさんの声が発せられた。 「こんなふうに」 「ブホッ!」 スプーンでポタージュを啜っていたユノが、驚いて吹いてしまった。 「彼女はその能力を活かして、またボクと一緒に仕事がしたいと、新たな部下になることを望んだ。あらゆる場所をすり抜け、WIFIと化して様々なネットの海を身体でサーフィンできる最強の相棒の申し出を断る理由はなかった」 「本当に、そんなことが……」 にわかに信じられないと自分を見るボスに、リカさんが小さく礼をした。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加