大正フォール

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ノノカの梵でロックを解除し、タワーマンションの地下駐車場に移動したユノとノノカは、最奥に駐車してあったワンボックスカーの裏に隠れながら、ココナからの連絡を待っていた。 目を閉じ、壁に右の手のひらを押し付けて集中しているノノカの肩を、ユノが軽く揺すった。 「ねえ、何かおかしくない?おばあちゃんの気配も消えてるし、さっきから周りに人が1人もいないんだけど」 「ちょっと、集中してるから話しかけないで。人がいないほうが見られなくていいでしょ?」 「そうだけど、ココナからも連絡全然来ないし……」 「上に向かってる。エレ夫が教えてくれてる」 「エレ夫?」 「友達になったエレベーターの名前」 「はー。毎回、名前つけるの大変じゃない?」 「カメ美が廊下に出たのを見たって。あと、うちらが駐車場に入ったのも、見なかったことにしてくれるって」 「カメの友達いたの?」 「監視カメラのカメ美」 建物などの電機を使う機構と一時期に「友達」になり、コンタクトして自由に操るのがノノカの梵の特性だ。 なぜか携帯やパソコンなどの精密機械には通用しないので、操れるように訓練してギガを気にせず使えるようになりたいと本人は願っている。 「あー、緊張する。ココナ、やばい男たちの写真撮る前に、捕まったりしないかな……」 ユノがスマホを握りしめすぎて、手汗で何度も滑り落としそうになる。 「もう少し信じてあげたら?ココナの技なら、捕まりそうになっても逃げられるって」 「それだけじゃなくて、ウチの呪縛が発動しなかったらどうしようとか、色々考えちゃう」 「トレーニングしてるんでしょ?あんまり失敗してるの見ないけど、成功率は?」 「最近サボり気味で……。てか、実験台になる人見つけるのムズいんだもん」 ユノの梵の特徴は、写真や動画で撮り、それを使って人物を一時的に金縛りをかけて動けなくできる。 「こないだ、ヤンキーに絡まれてる中学生助けてたよね?あのとき、何分ぐらい固められた?」 「見つけて、顔の写真をきっちり撮れた奴は5分ぐらいいけたけど、ぶれた奴は3分ぐらいしか持たなかった」 「3分でも止められたら、連れ出せるでしょ」 「だといいけど………」 ユノはココナとの通信を繋いだままのスマホを、まばたきも忘れて見つめ続けた。 無機質なエレベーターの壁に囲まれるココナは、スマホの電波が弱く、時折途切れることを気にしていた。 「(男たちの写真を撮れても、万が一送れなかったら、ユノの呪縛が使えない……)」 男たちの動きを止められなければ、あやめさんを連れ出すのは1人でどうにかやり遂げなくてはならない。 「(ココナがマンションの電気系統を「友達」にしてるはず。部屋から連れ出して、エレベーターに逃げ込めばなんとか……)」 頭のなかで作戦を練っていると、目的の38階のランプがポンと灯った。 エレベーターから出ると、すぐ右側の壁にある階の構造が描かれたパネルを確認する。 38階の廊下は大きな六角形になっており、目的の部屋はエレベーターのちょうど裏側にあたる位置だ。あやめさんを連れ出したら、それなりの距離を移動しなければならない。 超高層階ならではの妙な圧迫感のある、物音ひとつしない廊下を進むココナ。 緊張していると他の住民に不審に思われるので、なるべく自然な表情でいようとするが、そもそも廊下に人の気配が全くない。 「(入り口からおばあさんが見えなくなったけど、あやめさんのところにいるのかしら……)」 すると、スッと目の前の足元に小さな黒いものが横切って、ココナは「ひっ」と息を呑み込んだ。 こんな高層階にGはいないはず。ならネズミ?それもいないはず。 胸騒ぎがするが、あやめさんを助け出さなければという使命感を胸に、両手で頬を叩いて奮い立たせ、がんばって足を進める。 部屋番号「3821」の扉の前で立ち止まる。 ドアモニターに繋がっていると思われるカメラつきのインターホンが扉の右側にあり、もしかしたら中からずっと見られているのかもと、ココナは身を固くした。 後ろ手にした左手でスマホのカメラをオンにし、右手の指先をインターホンのボタンに伸ばす。 「!」 ココナの白くて細い指先がボタンに到達する寸前、扉の鍵がカタンと内側から外される音がした。 防衛本能がココナを踏みとどまらせる。誘われている……。 そもそも中には男4人とあやめさんがいるという話だったのに、ロビーの呼び出しに出たのは女性だった。 とっさに思い付いた嘘で中に入れたが、そもそも大麻をやるような人間がそう簡単に他人を信用するのも、考えてみれば不自然だ。 「(でも、罠だとしたらおばあさんが何も言ってこないのがおかしい。ビルの中を掌握してるノノカも何も言ってこないし、ここまできて後に引けない………!)」 意を決してココナがドアノブに手をかけた途端、背後から布のようなもので視界と口をあっという間に塞がれ、両手をぐいいっと真上に締め上げられた。 悲鳴を上げる余裕も、スマホを向ける隙も、梵を発動する暇もなかった。
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