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結束バンドで後ろ手に縛られたまま、肩に担ぎ上げられて部屋の中へと運ばれ、ソファーの上に放り投げられたココナは、恐怖に震えながら、するすると目隠しを外され、恐る恐るまぶたをゆっくりと開いた。
「!?」
猿ぐつわを噛まされているので喋れないが、その光景に叫びだしたい気分だった。
デザイナーズマンションのような、ワンフロアの近未来的なリビングの向かい側のソファーに、おばあさんを中心に、全身を白で統一し、口元はうっすら微笑んでいるが目は虚ろな老若男女が、大家族の集合写真のようにずらりと並んでいた。ざっと見たところ正面だけで20人以上はいる。
「ごめんなさいね。あたしも乱暴なことは嫌いなんだけど」
「??」
白ずくめ集団の正体も、口調が変貌したおばあさんの言葉の意味も分からず、ソファーの背後にもいる者たちの手によって、目隠しに続いて猿ぐつわも外されたココナは、混乱しながらおばあさんを見た。
「何……。何ですか、これ……。あやめさんは?大麻でラリってる男たちは?」
「ここにいる全員がそうよ。大麻じゃなくて、もっと強いものだけれど」
「………?!」
おばあさんが頭を動かさず、集団に手のひらだけを動かして何やら指示を出すと、ココナは背後から伸びてきた複数の手で強引に起き上がらせられ、ソファーにまっすぐに座らされた。
「驚いた?守護霊が嘘をつくなんて、考えもしなかった?」
「…………………」
霊のなかには、生前の性悪さをそのまま持ち続けるタイプもいるが、守護霊になるタイプの霊は基本的に善人ばかり。
おばあさんの言う通り、正直、全く予想していなかったが、認めるのが悔しくてココナは黙ったままでいた。
「あとのふたりもすぐにここへ来るから、待っていなさいな」
騙された。それも、かなり危険な相手に。
これはヤバい。圧倒的にヤバい。
大抵の困難は自分たちがボスのもとで身に付けた梵の力で対処できると過信していた。
──まだまだ甘ちゃんなんだから、無茶しちゃだめだよ。
こんな状況になって初めてボスの言葉が胸に突き刺さる。
ココナはこの状況を打破する方法に思考を集中させることで、恐怖を克服しようした。
携帯がなくても「梵」を使えさえすれば、この連中を一掃することもできなくもないが、ココナの技はお腹の前に両手を持ってこないと発動できない。両手首を後ろで縛られ、周りに邪魔をしてくるであろう敵がわんさかいる状態で、さてどうするか…………。
ココナは少しでも時間稼ぎできればと、疑問をぶつけてみた。
「何のためにあんな話を……?」
「ここにいる人達は大麻に似た成分のクスリを嗅がせてあるの。霊感のない人間にもあたしを『視える』ようにするためにね」
ココナは白の集団を改めて見て、皆目隠しをしているが、その頭がおばあさんのほうに向いていることに気が付いた。
「この人達は、目隠しをした状態で霊であるあなたが見えてるってこと?」
そんな話、ボスからも聞いたことがない。
「まさか、あやめさんの存在もでたらめ?」
「八木あやめはあたしの宿り主であるし、悪い男たちと大麻をやっていたのは本当。ただし、引きずり込まれたのはあやめではなく、誘われた男たちのほう」
ココナは必死に頭を巡らせた。
「……わけがわからない。あやめさんは、今どこに?」
おばあさんは薄く微笑んだ。
「県内の警察病院にいるわ」
「警察……?」
状況が全く理解できず、ココナは混乱した。
「あやめは分子生理学の学生でね。研究のなかで日本に自生する雑草の一種から大麻に近い成分を抽出する方法をたまたま見つけてしまったの。その事実を大学には報告せず、家賃や借金の返済が滞って首が回らなくなっていたので、部屋で精製したものを試しに闇サイトで売ったら、リピーター次々と増えてね」
ココナは目隠しをしたまま、風に揺れる雑草のようにゆらゆらと小さく揺れている白い服の人びとを見渡した。
「そこにいる人達が、その客?」
「最初はね。あやめは違法な薬物を売っているのがばれないように、宗教法人を立ち上げたの。名前は"スリイアの庭"。ここにいる連中は、薬物の中毒者であり、信者よ」
「信者……」
お母さんから新興宗教の団体が日本で初めてテロ事件を起こした話を聞いたことはあるが、実際にそういった類の連中を目にするのは初めてだし、なぜ人が作り物の教義にすがるのかそもそも理解できなかった。
「でも、教祖のあやめさんが警察病院にいるってことは、逮捕されたのよね?どうしてその人達は、あなたに従っているの?」
「あたしのことを神だと思ってんのよ。声は聞こえないけど、クスリの作用で他の人には見えないわたしが見えているわけだから、それっぽく振る舞って信じさせるのは、案外簡単だったわ」
「………………」
生まれつき霊感がある人が、訓練でより高いコミュニケーションが取れたり、はっきりと見えたりするものだと、ボスに学んだ。
実際、ココナたちも厳しいトレーニングを経て感知能力を上げ、それぞれの「梵」を身につけたのだ。
クスリで見えてしまうというのは、まともな方法じゃないし、体にかなりの負荷がかかっているはず。
「クスリ漬けにして、あなたを神だと信じさせ、操っている……?」
「信じさせているなんて心外ね。わたしは事実上、神に近い存在になっているのよ。適当に手で指示を出せば、彼らは神のご意志とばかりに動いてくれる。ただのおばあちゃんの霊に、こんなことできないでしょう?」
「……ちょっと待って。そもそもあなた、あやめさんの守護霊でしょ?どうしてうちらを捕まえる必要があるの?」
「察しが悪い子ねえ。あやめのために決まってるじゃない。あの子が警察に捕まったから、あなた達が必要なのよ」
ココナは上京して東京のろくでなしに色々な目に遭わされたが、霊にまで騙されたのは堪えた。
「ふざけないでよ。困ってる守護霊を助けたいうちらの親切心を、利用したっていうの……?」
「そうよ。困ってたわ。あなたたち三人、まだ若いのに変わった霊術が使えるみたいじゃない。その技なら、できるかもしれない」
「まさか…………」
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