大正フォール

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信者どもの包囲が3人を徐々に逃げ場のない壁ぎわに押し込み、ユノが「カメムシ!上から目線!」と、スマホ金縛りで足止めをするが間に合わず、捕まえようと一斉にわあっと腕が伸びてきた。 「セクハラ反対いいいーーーー」 「いーやーーーーーー!」 ユノとノノカが悲鳴を上げ、ココナがふたりの盾になるように前に出て身構えた。 「……………っ!」 3人の数センチ手前で、無数の手のひらかがバタバタと失速して真下に落ちた。 信者たちが一斉に膝からへなへなと崩れ落ち、ドミノのように次々と連鎖して床に倒れていく。 「!?」 3人は何が起きたのか分からず、顔を見合わせる。ココナがユノにきく。 「ユノ、金縛りの新しい使い方、みつけた?」 「あたしじゃないよ。ノノカが床に電流でも流したんじゃないの?」 「そしたらうちらも感電しちゃうでしょ?ちがうよ。ココナの技?」 「なにもしてない。これは…………」 ばたばたと泡を吹いて床に倒れる信者たちの向こう、玄関ロビーの外側から、青色のボブヘアーを揺らし、ビッグサイズのパーカーとサロペットを着こなす女性が、オートロックの扉を自動ドアのように開けてつかつかと入ってきた。 「あのままじゃ捕まってたよ」 静かに咎める女性に、3人が声を揃えて「ボス!」と呼び掛けた。 「修行になると思って遠くから見てたけど、ヤバそうだから出てきちゃった。ヒーローっぽいでしょ?大ピンチに颯爽と登場」 床で泡を吹く信者どもを踏み越えて目の前にやってきたボスが、3人をひとりずつ立たせた。 「役立たずどもが、ほら、早く捕まえろ!」 ボスの背後から、おばあさんがまだ動ける信者どもに指示を出す。 背後からジリジリと詰め寄る信者たちが、タイミングをはかってボスと呼ばれたその女性に飛びかかろうとすると、口はひとつしかないのに、合唱のソプラノのような音域のコーラスが女性から発せられた。 「!?」 どこの国の言葉か分からない歌詞に呼応するかのように、霊視能力の高い者にしか見えない何かが、女性を背後から囲む信者たちの耳にするするっとほぼ同時に侵入し、一斉に膝から崩れていく。 「背中から狙ったらやれると思ったんか。なめんなよ、ババア。それよか、うちのかわいい訓練生たちをまあまあかわいがってくれたみてえじゃねえか」 ボスが首を半分だけ回しておばあさんを睨み付け、低い声で威嚇した。 「まあ、近頃の若者は口が悪いわねぇ」 「古代エジプトの壁画にもある老人の定番文句足れてんじんねえよ。くたばってなお社会に迷惑かけるとは、老害は死んでも老害だな」 「そうだそうだ~!」 ボスの後ろからユノが乗っかってヤジを飛ばす。 「年上を敬う心は、もうこの時代ないのかしら?」 「年取ってるだけで尊敬されるなら世話ないし、尊敬される人は『わたしを尊敬しろ』なんて絶対に言わねえよ」 「先祖があってあなた達も存在してるのよ。そんなこともわからないのかしら」 「あんたの子孫じゃねえし、そもそも説教できる立場かよ、この嘘つきが」 おばあさんに中指を立てるボスに、ココナが右後ろから「どういうことですか?」とたずねた。 「忘れたの?このババア、あんた達に何を頼んだ?」 「宿り主が警察病院にいるから、脱獄させろって……」 「大事なこと忘れてない?守護霊の基本」 「………あっ!」 ココナは、守護霊の基本的な法則を失念していた。 「守護霊は、犯罪者にはつかない……!」 「そう。つまりこいつはただの悪霊。しかも……」 ボスの技を受けてばたばたと倒れていた信者たちが、後遺症で唸りながらも、少しずつ回復して立ち上がり始める。 「かなりたちが悪い。これだけの数の現世の人間を操る奴は珍しい」 正体を見抜かれたおばあさんは、ふふんと鼻で笑うと、その姿をみるみる変化させた。 着物はそのままだが、一見とぼけたような無害なタヌキ顔に、決して笑っていない鋭い眼光を宿らせた、30代ぐらいに見える女性。 ボスがその顔を見て、こめかみに右の親指を当てて片目を閉じる。 霊の詳細を読み取る瞬相眼の技だ。 「……千坂テル。なるほど、大正時代の詐欺師か」 「その名前はよしとくれ。改名してから、ずっと光子さ」 見抜かれたことに全く動揺せず、光子が吐き捨てるように名乗った。 ココナはそんな筋金入りの元悪党の悪霊に騙されたのみならず、拉致されて手先にされそうになっていたことに、改めて寒気がした。 やれやれといった仕草で、光子が言った。 「それで?私をどうするつもりだい?もう死んでるし、今さら逮捕はできないよ?」 「……かわいい訓練生をハメようとした罰を与えてやりたいが、どうやら簡単に除霊できるレベルのババアじゃねえようだ。ハラワタ煮えくり返って仕方ねえが、ここは退いてやるよ」 「ええ?ボス、やっつけてくれないんですか?」 不満そうなノノカだが、ボスはくるりと光子に背を向けて3人をロビーから外に押し出した。 その背後で、わなわなと肩を震わせる光子が見える。 「……舐められたもんだねえ。正体知られて、すんなり逃がすと思うのかい?」 光子の姿がふっと薄くなり、ボス、ユノ、ノノカに続いて最後尾を歩いていたココナの背中から、何かが「入った」。 ココナはその直後にぐるりと白目を剥き、マンションの正面玄関の通路に、がくんと両膝をついた。 「ココナ?」 異変に気付いたノノカが足を止め、慌ててココナに駆け寄ろうとするのを、ボスが鋭く制止した。 「近寄っちゃだめ!」 ノノカがびくっとして立ち止まる。状況を察し、ユノがスマホをココナに向ける。 うつむいていたココナが顔をあげると、確かに顔はココナなのだが、どこか表情がうつろで、意識がもうろうとしている。 「ココナに憑いたか、このクソババア!」 「その生意気な口を黙らせてやるよ小娘!」 ココナが。正確には、ココナに乗り移った光子が、両手の拳をずいと前方に突き出した。
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