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歩を進める内に視界が開けてくる。竹林の途切れ目が見えたこともあるが、先程まで雲隠れしていたとは思えない程の明るさで、月が辺りを照らし出した。竹林の切れ目にちらつく、風の凪いだ川面が月の光を湛え纏っているかのようであった。遮蔽物のないその空間に下り立った瞬間、先生の言葉が何一つ誇張を含んでいないことを知った。
その時見た光景を、私は生涯忘れることはないだろう。それほどまでに幻想的な光景だった。月が照らし出すその河原には見たことのないほど数多くの蛍が飛び交っていた。川のこちら側から対岸までを埋め尽くす程の光。それに掻き消されることのない程圧倒的な満天の星空。その辺り一面に散った光たちが、星のように夜空に渡る。それはさながら天の川のような軌跡を描きながら。
その光の中に、眠れずに飛び出してきた私のような一匹の蝶蜻蛉が迷い込んだ。漆黒のように見えていた羽が無数の蛍の光を反射して青紫色に輝く。蛍と共に上昇するにつれてさまざまな角度から光を浴び、美しく色彩を変えていく姿に。私は先生の姿をはっきりと見たような気がした。ずっと喪服を着ていた先生の、その本当の色を。瞳の中に、そっと湛えて。
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