夜に光る、瞳の中の。

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夜に光る、瞳の中の。

 街灯の少ない道を一人で歩いていた。遮る物のない風景にはちらほらと点在する民家と山、田圃(たんぼ)だけが広がっていた。雲が月を隠し、かろうじて畦道(あぜみち)が見える程度の薄い月明かりが洩れる。私が立てる足音以外に人の生活音はなく、山の方から(わず)かに虫の鳴く声が響くのみである。  親戚であり恩師でもある人の法要で久方ぶりに訪れた田舎。親族の全てを包括する程の部屋を持つ家。古い木造建築特有の静けさ。歩く度に音を立てる床。重苦しく呑まれそうな雰囲気の全てが息苦しく感じられて、自動販売機の一つくらいはあるだろうと歩き出した国道。そろそろ半時間は経つはずなのだが、未だに機械の放つ光の痕跡は見つけられない。深夜とは言え夏場の蒸し暑さの中では額には玉のような汗が浮かび、うねりをあげた髪が頬に張り付いた。更に流れた汗は部屋着を着々と(むしば)んでいった。  不意に涼しげな風が頬を撫でる。どうやら畦道を抜け広がる竹林の先、用水路へと水を送っている川の方角から吹いたようだ。そう言えばいつか先生が言っていた。 「この竹林の抜けた先に夜に行くと、一生忘れられない光景が見られる。大人になってから行くといい。他の子達には内緒だよ」 正直先生の言った光景に興味があったわけではない。先生が私に個人として接し、相応に扱ってくれた、そのことだけが印象深く残っている。せっかくここまで来たのだから行ってみようか。川の水を飲めやしなくてもせめて顔を洗うだけでいい。そうしたらまた歩いて帰ればいいさ。今日の私は普段の私とは違う考え方をしているのだ。先生が亡くなったのだから、当然のことだ。そんなことを思いながら足場の悪い畦道へ足を踏み出した。
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