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Ⅰ:RED
「ついてない日だったな、灰原」
帰り際の同僚、倉熊は缶コーヒーを供えてくれた。
脳労働に疲れきった頭にピッタリの微糖という所も、よくわかってくれている。
「サンキュ。……そうだな、他人事なら笑えそうなくらいだよ。
朝には事故で電車の遅延、通勤中にはよそ見の自転車にぶつかられて。昼には相手方へ送ったサンプル品の不良発覚。それで帰る直前には、明日の資料のデータ修正案件が発覚だもんな」
こうして口に出してみれば、とことんツいてない日だった。
不幸中の幸いをなんとか捻り出すとしたら、今日をもってして五体満足な事と、こうして話を聞いてくれる同僚がいることか。
「中盤は初耳だったぞ。本当に笑えるほど、漫画みたいな不幸っぷりだ。
……しかし悪いな。こんな日に途中で帰っちまうなんて」
「お前の予定は前から決まってた事だろ。
何より、愛娘の誕生日に残業なんかしてたら、家で人権がなくなるんじゃないか?」
既に定時は過ぎていて、日も沈んでいる。まだ真っ暗ではないが、それも時間の問題だ。
「ははっ、それは確かにそうだ。未婚の割には家庭のヒエラルキーに随分詳しいじゃないか」
「誰かさんからさんざっぱら聞かされてきたお陰でね。
ほら、プレゼント買ってから帰るんだろ? ここで話ししてる内に店も閉まるぞ」
仕事を手伝ってくれるのなら、確かにありがたい話だ。けれどそれは俺だけの都合であって、倉熊には倉熊の生活がある。
既に会社の退勤時間を過ぎている以上は、俺には引き止める理由もない。
だから倉熊に心配されないよう、精一杯格好つけた。
「お前の代わりは缶コーヒーで充分だよ」
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