父の首

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「ん……んっ……んんう……っ」 「……」 「――っ……――っ……んんんっ……!」 「……」  ……何度繰り返されただろう。  鍛えられた白い胸板が、妙美の涙によってしとしとと濡れていく。  それは悲しみではなかったし、羞恥によるものでもなかった。  抑えきれない悦びだ。あまりに大き過ぎ、脳では到底処理しきれなかった快感。それが涙として溢れ出てしまったのだ。  ふと指が止まってもなお、はしたなく跳ね続ける尻の双丘。再び手のひら全体で覆われる。  ぎり――と強い力で掴まれた。  が、泡(まみ)れのせいもあって長くは保たない。  握り込んだ形のまま、すぐに解き放たれる。  その弾み、鈍い衝撃さえも、今の妙美にとっては蜜より甘かった。  痺れるように背中が反り返った、その時、こちらを見下ろす彦七と目が合った。 「……!」  ……煌々(きらきら)しい美しさ。  それに比べ、この身の浅ましさは何なのか。  どろどろに溶けた目も、肌も、唇も、もう化粧などとっくに落としてしまったのに。どうしてこんな、恥も知らず、彼に近づけてしまっているのだろう……。  妙美は自ら、冷ややかな正気の小刀を喉元に突き立てた。  その一撃ではおそらく、満ち満ちた邪念全てを裁ち切ることはできなかった。甘い疼きも電流も、体内に残されたままで……。けれど、いよいよ膝が崩折れるには十分の威力を持っていた。  ぷつりと真下に落ち込んでいく妙美。その脇の下に手を入れて、彦七は支えた。  壁際の方へ、ほとんど運ばれるように連れて行かれる。
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