父の首

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「――っ」  下げた両手が衝動的に浮き上がりそうになった。全体重を手首から先へ送るような思いをして必死に耐える。  代わりに、体が悶えるのだけはどうしても止めきれなかった。  逆毛を立てるように乳房が下から戦慄(わなな)いた。その時、彦七の大きな両手が、すっと胴体の方へ移動した。背に四指、肋骨沿いに親指を据え、挟むように体を固定される。 「――っ……――っ……!」  逃げるつもりなどない。それでも、身動きを封じられたという焦燥と、美しい人のまっすぐな瞳が、妙美の呼吸と心音を掻き乱し続けた。  動いていないつもりなのだ。なのに、ぶるりぶるりと頓痴気(とんちき)にうねり続ける。じっと見ている彼の目の前で! 静止しなければと思えば思うほど、おどろおどろしい踊りは止んでくれない。 「や、あっ……うあああ……」  目から溢れる水滴。伸びた皮膚の上に落ち、弾けて、つうっと深い谷間へ吸い込まれて見えなくなる。  それを追いかけるように、彦七は顔を近づけた。眠りに就く子のように純な瞼を伏せて――醜いものに、潤んだ唇で触れゆくこの瞬間を、妙美は目を大きく開いたまま見ているしかなかった。
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