26人が本棚に入れています
本棚に追加
彼は口を開いた。
「……俺は、妙美さんに謝らなければなりません」
「えっ……?」
「こんなに性急に事を進めてはいけませんでした。もっと長い時間をかけて、何度も何度も、妙美さんに好きだと伝えてからにするべきでした。……」
「……」
「俺は焦っていました。どうしてもこの手しかないと思っていました。これが最善だ、妙美さんのためなのだと思い込んでいて……でも結局、酷くあなたを苦しめることになってしまった。……」
彦七の表情はほとんど透明だった。
けれど、語り口はぽつりぽつりと寂しく、とても悲しげだった。それを耳にしている内に、妙美の頬にはじわじわと蒼白が広がっていった。
……まさか、まさかここでやめてしまうのだろうか。
もう二度と触れてはくれないのだろうか。
浅ましい絶望感はありありと顔に出てしまったことだろう。しかしそれは、彦七の手のひらひとつによって否定されることになった。
「!」
――石鹸の香り。
湯舟の縁に置かれていた手拭いを、彼はいつの間にかまた拾い上げていた。布地からこし取った緩い泡が、左腕、そして乳房全体にゆっくりと塗り広げられていく。
「あっ……ああ……っ!」
彼が触れている。ああ、遂に、遂に、遂に! ……
歓喜の瞬間だった。ずっとずっと待ち望んでいたことだった。
最初のコメントを投稿しよう!