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「つくづく馬鹿です、俺は。今宵は最後まではすまい、妙美さんさえ良ければそれで、と決めたばかりだというのに……このていたらく」
「……」
「失礼しました。どうか気にしないでください。……」
そう言って、妙美もろとも、彦七はズブズブと湯舟の中に沈んでいった。足首の枷から伸びる鎖。水面から突き出て、黒御影石の縁を固く擦りはしたが、長さに問題はないらしい。
抱き合うふたりを受け入れた湯は熱かった。特に、自作の気付け薬を多用した反動か、血液の冷え切ったような感覚が抜けない妙美からしてみれば、邪悪とさえ言いたくなるような辛い熱さだった。
けれど、そんなことに構う余裕はなかった。
彼が妙美から目を逸らしている。……
尻に当たったあの感触も、座る動作と共に静かに退いていた。
彦七は、そう広くもない丸い湯舟の中、胡座になり、妙美はその前にふわふわと両膝を付いている格好だ。彦七は腰、妙美は項と、互いの背後に手を伸ばしているのを離しこそしないが、胡座の分は距離が開いている。
彦七は避けているのだ。あれがまた妙美の体にくっつくのを、明らかに避けている。
「……」
泣き出したくなった。実際、鼻の奥に、大嫌いな山葵を食べた時に似た痛みが生じていた。
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