父の首

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「……」  熱い湯気と冷たい鼻水をぐずぐずと啜る。余計に痛みが増し、涙となって、汗と混じり合いながら頬を伝っていく。  妙美が泣いていることに、彦七は気付いているだろう。だが見ようとしない。少し横を向いて、俯き、揺らめく水面なのか、あるいは湯の中だか石の内壁だかを凝視している。  つい先程までは、彼に見られるのがあんなにも辛く恥ずかしかった。けれど今は、見てもらえないことがこんなにも悲しく苦しい。  隠すのをやめた乳房。ふたりの間でぷかぷかと浮き上がって、(おぞ)ましい色をした海月(くらげ)(つがい)のようになっていた。  このまま進めば、真っ白な彼の胸にそれを押し付ける形になってしまう。  そうと知りながらいざり寄った。  横たえたふくらはぎに乗り上がられると、さすがに彦七は顔をこちらに向けた。しかし、美しい瞳だけはやはり余所(よそ)を見ている。 「妙美さん……ちょっと待ってください」 「彦七さん。彦七さん。……」 「待ってください、少しでいい。落ち着き次第、たくさん触ります。気持ちよくしますから」 「嫌いにならないで、私を!」 「なるわけがない」 「でも……」 「なぜそう思うんです。どうしてこの状況で、俺があなたを嫌いになると思うんです」 「だって、だって……い、痛かったのでしょう……?」 「ん……?」 「痛かったのですよね? 私の、お、お、お尻に、大事なところが当たってしまったから……痛かったのですよね!? ごめんなさい、わああ……!」  もう堪らなかった。すっかり膝の上に乗ってしまってから、しがみついていた両手を外し、泣きじゃくる顔を覆った。  が、すぐさまその手首を掴まれた。耳の横まで観音開きのようにされて、醜い顔も、震える乳房も露わになる。
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