父の首

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「……」  ふたりを見下ろすカンテラの火。  (すす)けたその灯火が、妙美の精神を、十一の時に過ごした山小屋に揺り戻した。  黒紗を被った低い声の男。「理解しているか」と訊かれれば、それが試験の合図だった。頭に叩き込んだ薬、毒、その材料、精製方法、そして肉体への作用。可能な限り全て(そら)んじてみせた。……  見下ろしていた彦七が、少しだけ(いぶか)しむように唇を開いた。 「妙美さん?」 「あ――」  妙美は、伝えた。まるで高取(たかとり)に向かって答えるように。  かつて彼に、魔羅の働きを促進させる……という薬をいくつか伝授されたことを。  作ったのは、高取の手元にいたあの頃一度きりだ。誰かに投与したことはないし、今給黎製薬第一研究所の面々にも伝えてはいない。恥ずかしかったというよりは、役立て方の全くわからない薬だったからだ。 「高取先生には、軽い効き目のものから、強過ぎるというものまで教わりました。強いものは、かつて拷問に用いられもしたのだとか……。拷問、ですから、その……そのぅ……。やはり、魔羅は痛覚が鋭く、とても痛い……ということなのではありませんか……?」  心細く言った最後の部分は、教わったことではない。推測だ。魔羅薬のことをすらすら話しているうちに、そもそもそういう話題だったと思い出したのだ。 「なるほど……」  彦七は先程から、「なるほど」とばかり言っている。
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