父の首

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 息が詰まりそうなほど熱い湯煙の中、どこかぼんやりとしたその表情。――やはり高取の面影がちらついてしまう。  教わった薬を必死に覚え、わけもわからないまま試作し続ける十一歳の妙美を、あの人物はいつも冷めた態度で見下ろしていた。例え危険な間違いを犯していようとも、訂正することもなく。……  涙でべたついた顔を、妙美はくしゃりとした。 「……いや」 「ん?」 「いや。彦七さん……私、間違えているなら、どうか仰って……!」 「……妙美さん」 「いや。……私、いやです。いやです! 魔羅のことを、彦七さんだけがよくわかっていらっしゃるのが。……」  男性に向かって、こんなことを言うのは酷く理不尽かもしれなかった。妙美とて……乳房を指して、なんなのだこれは、意味不明だ、説明しろなどと言われたら、きっと呼吸が止まってしまう。  それに、予測はできる――。妙美がこの肉袋について人に解説できないように、彦七にも、きっとそれは難しいことなのだろう。  困らせたくはないのだ。それでも、今は、自分が(きゅう)しているということのほうが重大な問題と思われた。妙美はこの時、とても我が儘だった。 「私も知りたい……」  涙と共に俯いた。ぽたりと垂れた雫が乳房に落ちる。大きな丸い肉ふたつは、動いてもいないのに湯に波紋を描き続けて、真下にあるはずの彼の体をぐにゃぐにゃとぼやかしている。  彦七は、泣いている妙美の前髪をゆっくりと掻き、親指で瞼を撫でた。小さい耳朶を揉みもした。それでも泣き止まないと知ると、ぽつりとこう言った。 「……見てみますか?」
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