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妙美がしがみつくまでもなく、彦七は背中に手を当てて支えてくれていたのだが、それが滑らかに移動した。左右の腰骨を持つようにして、やんわりと膝の上から下ろされる。
そう広い湯舟ではない。よって、体を離されたというよりは、彦七の脚が折り畳まれたまま縦になったというだけのことに感じられた。
で、その脚が、足首を起点に真っ直ぐ伸ばされる。――
ざ……と音がしたのは。立ち上がる彼の両肩が、仄暗い湯の表面を持ち上げ、大きく突き破ったからだ。引き締まった胸から腹、腿にかけて、輝きながら激しく滑り落ちていく。
すぐ目の前で、一度きりの噴水を見たようだった。それも、美しい肉体の形をした。……
落ちる湯の量は一瞬にして少なくなった。あとはもう、腹筋の溝や脚の稜線に沿いつつ幾筋かだけ、ちろちろと伝い落ちていくものがあるだけだ。
そう、雫は滴り落ちていく。薄い湯煙の中、素早く、儚く……重力のまま、下へ下へ。湯舟の内へ……。
それなのに。
ああ、それなのに、それだけが。暗く熱く、そして狭いこの世界で、それだけが、強く隆々と天を目指していたのだ。
「……!?」
妙美は目を見開いて居竦まった。
高く見上げる分、腰がへたりとなって、尻は温かな底板に張り付いた。
「……え……? あ、え……?」
「……」
「……? ……?」
見上げすぎたのか、ごん、と後頭部が黒御影石に当たった。
「あ、大丈夫ですか?」
目線の先。聳え立つそれのもっと遥か向こう側から、綺麗な顔が心配そうにこちらを見下ろすのがわかった。
それでようやく、妙美の中でそれと彦七とが結びついたのだった。
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