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「……あの。あのぅ、こ、ここは……」
「――」
返事がなかった。
妙美の声かけにしても中途半端ではあったけれど……それにしても、彦七なら、「はい」という落ち着いた相槌くらい打ちそうなものなのに。
いつの間にか、頭に置かれた手のひらも動かなくなっている。
不安になって、大きく顔を上げた。
こんなに真下から彦七の顔を見るのは初めてだ。
まずは縦長の臍を。次に、長い髪の毛先を認めた。幾筋か体の前に来て、盛り上がった白い胸筋に張り付いている。
翳った喉仏。尖った小さい顎。そして――強く噛み締められた唇。
「えっ……?」
呆然とする。
彦七は――この世の誰よりも美しく、涼しく、清らかな人は。
唇を噛み、奥歯を噛み、秀眉を深く寄せて。
切なげに濡れた瞳で妙美を見下ろしていた。
「――っ!?」
知らない。
彼のこんな顔は知らない。
脳がぐらぐらと揺れた。触れているものに縋りつくしかなかった。
「う――」
呻いたのは、どちらだったか。
手のひらの中で彼が震えている。
ぬるつきと、熱。存在感までもがぶわっと増した気がした。
妙美に力が入った分、手指の形が窄まり、人差し指と中指に未知の感触が訪れている。ああ、触れてしまったのだ、先端に。ここは特に、棒状の部分よりも大きく腫れ上がっているから。――
「……っ」
本当に、皮膚のない腫れ物をそのまま撫ぜたような危うさがあった。いけないと思い、慌てて指先を浮かせば、透明な液体が銀糸となって細く伸びた。
丸っこい肉の中心部には、浅い一本の縦溝があった。その先にごく小さな穴が開いていた。ようやくわかった、ぬめりはそこから生まれているのだ。
今も穴の中から、丸い雫が一滴ずつ、つぷつぷと膨らんでは濡れた表面に滲んでいく。そそり立つ部分にまでなお垂れて、包み込む妙美の手のひらをも湿らせた。
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