父の首

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 いやいやと頭を振りたい、が、彦七の顔がくっついているのでできない。せめて、せめて、彼の綺麗な鼻梁に頭突きなど絶対にしたくない。 「ああっ……私……私! 大変なことをしてしまいました、彦七さんの魔羅に!」 「大変、とはどれのことですか」 「全部です……!」 「そうですね。全部です……」 「ごめんなさい!」 「どうして謝るんですか」 「だって、お、怒っていらっしゃらないの……?」 「そう見えますか。こんなに(はしゃ)いでいるというのに」 「燥いでいるの!?」 「はい」 「嬉しい、の……?」 「勿論です。好きな人に、気持ちがいいところをたくさん触ってもらえたんです。嬉しいに決まっています。……それは」  言いかけて、後頭部からようやく顔の起き上がる気配があった。そして彦七は、フ、と短い吐息を零し、今度は真っ赤な耳裏に柔らかく口付けてきた。 「――妙美さんも同じはずです」 「!? わ、私に魔羅はありませんから、同じではないと思います……」 「でも、俺に触られて、擦られて、気持ちがいいところはあるでしょう」 「――っ」 「さっき、言いましたね。また触れて欲しいと……気持ちよくなりたいと……。愛しい人に、あれほど懸命に求められて、本当に堪らない気持ちでした。……」  耳元からぞくぞくと全身が粟立った。寒いからでも恐いからでもない――それらと全く正反対の感情によって。  不意に体の拘束が緩んだ。湯の中で、二本の白い腕がするすると左右に()けて、長い十指、大きな手のひらが肉袋の前にやってくる。 「あっ……ああッ……!」  触れられる前から歓喜が漏れた。美しい黒い瞳に横から凝視されているのにも気付かない。喉をひくつかせ、浅ましく頬を上気させて、ぼろっと涙を零した。  打ち震える乳房に熱い水流が押し寄せてくる。そして、次の瞬間、しっかりと彼の両手が覆い被さっていた。
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