父の首

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「――ッ」  ……乳房が。  はち切れんばかり、馬鹿なのではないかというほど脂肪が詰まり……薄緑の血管と、太陽を知らない生白い皮膚に覆われたふたつのものが。  大きな手のひらと、長い指によって更に覆われている。  左右から、中心部へ寄せるように。  熱を込めて動かず、強くジッと肌に食い込んで――。  そういう彼の十指、その間から、いちいち肉がはみ出している。特に、人差し指と中指の間からは、ああ、薄く色付いた小さな角が……。  ふたつの乳房全体が、まるで出来損ないの金平糖のように変形させられたままでいる。 「はーっ……はーっ……」  裏返った悲鳴混じりの呼吸音は妙美のものだった。  胸を中心に、全身がじくじくとして、腰から下などはまるで力が入らない。  両腕は肘で折れて反り返り、逞しい彼の二の腕に添わせるようにして縋りついている。  が、それでも体を支え切れず、湯舟の底の方へずるずる流れかけた。掴まれた胸も、鎖骨も肩も、湯の中へ重たく沈みかける。 「……だめです」 「あっ……!?」  更に手のひらが食い込む感覚があった。乳房を握られたまま体を持ち上げられたのだ。  暗い水面が瞬く間に破れ、へこんだ鳩尾まで飛び出した。そのまま膝の上に座り直させられ、汗腺の開ききった背中も、筋肉質な胴体に一層密着する。  指の固く絡みついた乳房が、再び眼下に姿を見せていた。しとどに濡れたままカンテラの火に舐められ、奇妙な陰影を生み出している。
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