彼の腕

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 頭から黒い紗を被った男達だった。服装こそ研究者風、学生風、書生風とまちまちだが、首から上は皆一様に不明瞭である。声すらも発しはしない。  ぬっと伸びてきた手のひとつには注射器が握られていた。 「な、なんだ貴様らは!? 触るな! さーーっ……!」  空になった器具が地面に放られる。がくりと力の抜けた典友を、黒紗の者達は山の麓へ粛々運び去っていく。  その場に誰もいなくなると、彦七は妙美を抱くのをやめた。  体の内側に、大きな喪失感と、それを打ち払うような勇気が瞬時にして満ちた。引き締まった胸板にひしとしがみついたまま、妙美は決して動こうとしなかった。  彦七もすぐそれに気がついて、無理に身を引きはしなかった。  それでも夢の終わりは告げられる。彦七は、妙美の両肩に手を置きながら、「御令嬢」と静かに呼んだ。 「。こんなものでよかったですか」 「……はい」  小さく頷いた。涙を帯びて。  彦七はそれには気づかないふりをして、ちらと周囲を見たようだった。また別の黒い紗の男達が現れて、ゆっくりとこちらに近づいてきている。
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