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「無事で、よかった……!」
「ママ……!」
暖かいその体に腕をまわす。間違いない。ママの匂いだ。
ありがとう。悪魔。
私の願いを、かなえてくれたのね。
「ママ、大丈夫なの? 辛くないの?」
「ええ。なぜかわからないけど、今朝起きたら体が軽くて……昨日までの苦しさが嘘のようだわ」
「よかったね、ママ。本当に、よかった!」
「イリヤ! どこへ行っていたんだ!」
「心配したんだぞ」
家の中から、パパと兄様も出てきた。
「夕べお前を探しているときにアンが、カジエ山の悪魔のことをお前と話したって言っていたんだ。まさかとは思ったが、念のためこれから山へと行くところだったんだぞ」
「私、悪魔にママを助けてもらおうと思ったの。それで山へ……」
「行ったのか?!」
「うん。でも、悪魔には会えなかったわ」
「よかった」
私を抱きしめるママの腕は、少しだけ震えてた。
「悪魔なんて、いるはずないじゃない。もうこんな心配させないで。イリヤに何かあったら、ママ、病気が治っても生きていけないわ」
「うん……ごめんなさい。ママ」
「もういいから。さ、朝ご飯にしましょう。……あら?」
私の様子を見たママが、ふと、首元を見つめた。
「これ、どうしたの?」
「え?」
二つボタンの開いたブラウスに、ママが手を寄せる。
「なにか痣が……虫にでも刺されたのかしら」
「まるで、バラの花みたいな形ね」
姉様も覗き込んで言った。
そこにあるのは、約束のしるし。
「さあ? 痛くもかゆくもないけど」
「一晩中山の中にいたんじゃ、虫にも刺されるわよ。あーあ、スカートも泥だらけじゃない」
「ごめんなさい、ママ。せっかくママが作ってくれた服なのに……」
「いいのよ、イリヤが無事なら、それで」
嬉しそうなママの頬は、バラ色に光っていた。
それは、私が見たかった笑顔だった。
家には入る前に、私はもう一度だけ、カジエ山に視線を向ける。
緑の森の向こうに、高々とそびえる山。
そこにいるのは、バラの庭に住む優しくてきれいな悪魔。
そういえば名前を聞きそびれちゃったな。悪魔にも名前ってあるのかな。私も名乗ってこなかったけど、いつか、私が立派なレディになった時に、ちゃんと私を見つけることができるのかしら。
私は、そっと首元の痣に手を当てる。
きっと会えるわ。ここに、約束があるもの。
「イリヤ?」
「ううん、なんでもない」
私は、姉様と手を繋いで、一緒に家へと入った。おいしいパンの匂いのする、笑顔のあふれる私の家へ。
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