しるしのバラ

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 ピンク、黄色、白、赤、黒、紫……縁取りをされたような2色のものまである。大輪の見事なバラから、小ぶりのかわいらしい花がたくさんついたアーチまで、ありとあらゆるバラがそこにはあった。庭の向こうには、レンガ造りの大きな屋敷が見える。 「ここって……」  私は、疲れ切った足をひきずってその庭へと降りてみた。  甘い匂いは、このバラの群れかあ。  そ、と手元にあった一つに触れてみる。大きな濃いピンクのバラ。しっとりとしたその花びらの手触りは、幻なんかじゃなかった。 「綺麗でしょ?」 「きゃっ!」  背後からいきなり聞こえた声に、私は文字通り飛び上がって振り向く。そこにいたのは、私より少し年かさの一人の少年だった。  その少年の髪は、夜の闇を切り取ったような黒色をしていた。東の方の国に住む人たちがそんな髪の色をしていると聞いたことがある。でも、私がそんな色の髪の毛を見たのは初めてだ。瞳は、夏に見た抜けるような空の青色。シミ一つない白い肌。にこにことほほ笑むその手には、大きな水桶が下げられていた。 「それね、僕が開発した新しいバラなんだ。気難しい子で、この微妙な色を出すのに本当に苦労したんだよ」  そう言いながら、少年は私の前を通ってそのバラの足元に桶を置いた。 「僕だけが見てたんじゃもったいないと思ってたから、お客様が来てくれて嬉しいな」 「あの……」 「何?」 「あなた……悪魔?」  私の質問に、少年は目を丸くして私を見つめた。 「どうして?」 「この山には、心臓と引き換えに願いをかなえてくれる悪魔がいるって聞いたの。私、悪魔を探しにきたのよ」  少年は、んー、と首をかしげて考えこむ。 「僕もここに住んで長いけど、悪魔にはまだ会ったことないなあ」 「そう……」  私は、がくりと力が抜けてそこに座り込んでしまう。
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