しるしのバラ

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 兄様はパパと一緒に朝早くから夜遅くまで働きっぱなしだし、姉様はママの代わりにうちの事をやっていて、私にはお小言ばかり。弟と妹の面倒を見るのが私の仕事だけど、あいつらしょっちゅうけんかしていて、言うことなんて聞きやしない。  ありったけの愚痴をまくし立てる私を、少年はにこにこと見ていた。 「素敵な家族だね」 「そうかしら。貧乏だからお腹いっぱいご飯を食べられることもないし、服なんていつもおさがりばかり。あーあ。私も、あなたのようなお金持ちの家に生まれればよかったわ」 「でも君、話している間中、ずっと笑ってるよ?」 「え……?」  あわてて私は、自分の顔を両手で押さえた。そんなつもりはなかったけど。  少年は、静かな声で続けた。   「好きな人たちと一緒にいられるって、それだけでとても幸せなことじゃない? 誰も、誰かの代わりになんてなれない。君も、誰かにとっては誰にも代わることのできないかけがえのない一人だ」 「でも……」  慈しむような優しい声と笑顔に、ずっと我慢してきた涙がこぼれそうになった。私はあわててカップに目を落とす。 「うちのみんなは、もう笑わなくなっちゃった。そんなの、幸せって言えない。やっぱりママが元気でいなくちゃ、みんなも笑顔になれないの」 「君は、優しいんだね。それに、家族のことが大好きだ」  その言葉があまりに優しく響いて、ついに堪え切れなくなってぽたぽたと涙が落ちた。 「ママ、苦しくても、笑うの。私たちに心配させたくないから……私、そんな無理した笑顔なんて見たくない。ママには心から笑ってほしい。ママが……死んじゃうなんて、嫌」  病気がわかってから、どんどん痩せていくママ。もっと大きな町の医者に見せた方がいいって言われたけど、そんなお金はうちにはなくて。  みんなが、泣きたいのを我慢している。パパや兄様があまり話さなくなったのも、姉様の小言が増えたのも、みんなみんな、涙をこらえるためなんだって、本当は知っている。  そんなときに、友達が教えてくれた。迷いの森の向こうにある山には悪魔が住んでいて、心臓と引き換えにどんな願いでも聞いてくれるって。  正直、とても怖かった。けれど、一生懸命考えて、覚悟を決めたんだ。それに、もし悪魔に会えなかったとしても、このまま私がいなくなってうちの食いぶちが減れば、少しでも生活は楽になる。パパと兄様は一生懸命に働いてくれているけれど、病気のママと小さい子供たちを養うのはとても大変なことだ。
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