しるしのバラ

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「だから、悪魔にお願いして、ママを、助けてもらうの。そのために、私……」 「ねえ」  ごしごしと乱暴に涙をぬぐう私に、少年の低い声が聞こえた。 「もし僕が、悪魔だったらどうする?」 「え?」  顔をあげると、少年はあいかわらず微笑んだままだった。でも、どこかさっきまでの笑顔とは違う。じ、と青い瞳で私を見つめながら、少年は続けた。 「もし僕が君の願いを叶えてあげたら、君は僕に何をくれる?」  雰囲気の変わった少年に少し戸惑うけど、そう聞かれたら私の答えは決まっている。 「私は、私しか持っていない。だから、私をあげる。頭のてっぺんから足の先まで、全部あげる」  そのために、一番いい服を着てきたんだもの。せっかく悪魔に会えても、あまりみすぼらし格好をしてたら心臓なんていらないって言われるかもしれない。ここへ来るまでに、すっかり汚れちゃったけどね。 「やっぱりあなたは悪魔なの?」 「違うけれど……君のために、悪魔になってみるのもいいかな」  そう言って笑った少年の後ろで、ぽう、とろうそくが灯った。いつの間にか夜が始まっていた庭に、順々にろうそくの光が増えていく。誰も、いないのに。  その灯りの中に、少年の白い顔が浮かんでいた。 「たとえば、この庭に咲くバラが、僕が願いを叶えた人間のなれの果てだとしたら?」  私は首をめぐらして、揺れる火に照らされるバラを眺めた。  なんて、きれいなんだろう。  想像してみる。その中の一本になった私を。  太陽の光を浴びて、風を受けて、ろうそくの炎に照らされて。ゆらゆらと空に向かって開く、白いバラになった私を。 「もし私がバラになったら、毎日私に水をあげてくれる?」 「もちろん」 「だったら、構わないわ。こんなにきれいなバラになれるなんて想像もしていなかったけど、想像していたよりもずっと、素敵な最後だわ」  少年は一つ頷くと、席を立って近づいて来る。
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