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私は都内に自社ビルを構える大手食品メーカー、【AOI.corporation】の総務課で働いている二十六歳OL、鮎原 美玲。
そして今目の前で寝息を立てている人物は蒼井 彼方。三十五歳。
うちの会社の副社長である。
どうして末端社員の私が副社長と今、寝床を共にしていたのか。
それは数時間前に遡る。
付き合って三年になる彼氏に振られたのは、青天の霹靂と言っても過言では無かった。
大学の頃の同期で、卒業後に偶然街中で再会。
お互いフリーだったことと昔から仲の良かった友人だったためとんとん拍子で付き合うことに。
三年間、特に喧嘩も無くお互いの家を行き来したり連休が取れれば旅行に行ったりと平和なお付き合いをしていたのに。
"他に好きな人ができた"
漠然と、私達はそのうち結婚するんだろうなって思っていたのに。
雪がしんしんと舞い落ちる冬。
急に仕事帰りに呼び出されたと思ったら、そんなことを言うものだからしばらく頭が理解しようとしなかった。
それくらい、予兆が無かった。
共通の知人の話だと、どうやら私はずっと二股を掛けられていたらしい。
私と付き合う前までは確かにフリーだったらしいのだが、私と付き合い始めてすぐにもう一人の女性とも出会い、どちらかに絞ることができなかったのだと聞いた。
そんな無責任で最低な男なんて、こっちから願い下げだ。
そう思っても、やはり悔しいものは悔しくて。
三十歳になる前に捨ててもらって良かったと思うべきなのか、そもそも二股に気付かずに一人で結婚を意識していた私ってなんだったんだろうかとか。
考えれば考えるほど、どんどん自分への苛立ちと相手への怒りで体が震えた。
しかし最後に残るのは虚しさと惨めな自分の姿だけ。
それを痛感して、私はフラフラな状態で一人、連日飲み歩いていた。
昨日も居酒屋を数軒ハシゴしていて、最後に入ったのが駅から少し離れたところにあるバー、【Rose】だった。
そこは落ち着いたインテリアとクラシックのBGMがとても上品で、いるだけで心を穏やかにさせてくれるお店。
良いお酒を取り揃えていて、その分金額は高いけど美味しいお酒が飲める。
仕事でミスした時、今回みたいに恋人に振られた時、大きな悩みを抱えた時。何かある度にここで飲むのが、私の定番だった。
昨夜、そのバーで出会ったのが蒼井副社長だった。
一番奥のカウンター席に腰掛けてウイスキーをロックで飲んでいた私の隣に、そっと現れたのが彼だったのだ。
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