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「……ご迷惑でなければ、ご一緒してもよろしいですか?」
何の前触れもない声に、最初は私に話しかけていることに気が付かなかった。
「……え?私ですか?」
「はい。是非」
「……私と飲んでも、別に面白くないですよ?」
そんな嫌味を口にしながら顔を向けると、何処かで見たような顔が視界に入ってきた。
キリッとした二重の目、高い鼻に薄い唇。オールバックにセットされた黒髪と高級そうなスリーピースのスーツ。
こんなイケメン、一度見たら忘れないはずなのに。
酔っているからだろうか。全く思い出せなかった。
「……面白いかどうかは、ご一緒してみないとわかりませんので」
「……お好きにどうぞ」
可愛くない返事だと、自分でも思う。
でも、今の私にはそんな余裕が無い。
いくらイケメンでも、たとえこの彼が相当なお金持ちだったとしても。
今の傷心中の私には、何も響いてこない。
彼は私の返事を聞くと本当に隣に腰掛けて、マスターに私と同じものを注文した。
そしてすぐに出てきたウイスキーが入ったグラスを私に向けてほんの少しだけ上げてみせると、一口飲んでから勝手に隣で話し始めた。
「ここにはよくいらっしゃるんですか?」
「……頻繁ではないです。たまに」
質問されると条件反射のように答えてしまう自分が今は忌まわしい。
「僕もたまにです。ここのお酒が美味しくて、好きなんですよ」
「……確かに美味しいです。
……だからこういう時、ついつい来ちゃう」
嫌なことがあったからって、お酒を飲んでも何も解決しないことくらいわかっている。
でも、こうやって何も考えずに飲んでいる時間は、私にとっては気持ちをリセットさせてくれる大切なものだ。
「"こういう時"?」
「……いえ、すみません。私の話ですので、どうかお気になさらず」
危ない。余計なことを口走りそうになった。
私は酔うと思っていることまで口に出す傾向にあるらしいから、気を付けないといけない。
自分で理解してはいるものの、酔うとタガが外れてしまうのだから我ながら困ったものだ。
それなら飲まなければいい話なのだが、今の私に限ってはそうも言っていられない。飲まなきゃやってられない。
「僕は、嫌なことがあった時とかにここに来ていることが多いです」
「……え?」
私が口に出したのかと思うくらい、同じことを言っていて驚いた。
隣に視線を向けると、彼は恥ずかしそうに笑っていた。
「実は今日、仕事で上手くいかないことがあって。ここのお酒を飲んでとりあえず落ち込んだ気持ちを立て直そうって思って来たんですよ」
「そう、でしたか。……私と似てますね」
「……え?」
今度は彼が目を丸くする番だった。
似てる。そう思ったら、警戒心が少しだけ解けた。
「私も、嫌なことがあった時や仕事でミスした時なんかに来ることが多くて。ここのお酒を飲むと気持ちがリセットする感じがして」
「わかります。……美味しくて、お店の空気も素敵で。心がほっとするんですよね」
「はい。そんな感じです」
彼のような人に出会ったのは、初めてだった。
ウイスキーにだけ注がれていた視線が混じり合う。
その絡み合った視線はなんだか熱を帯びていて、それは解けることを知らない。
バクバクと高鳴る鼓動はアルコールのせいか、はたまた別の要因か。
その澄んだ瞳に、そのまま吸い込まれてしまいそうな錯覚を感じた。
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