1975人が本棚に入れています
本棚に追加
「失礼ですが、お仕事はどのようなものを?」
柔らかな視線に、私は下を向く。
「……普通のOLですよ。役職も無い、ただの事務職です」
本当は営業志望で入社したのだが、私の代は営業志望がとても多くて私は総務の事務職に配属になった。
事務は事務で仕事量は多いし大変だけれど、女性が大半だからか特有の噂話や陰口がよく飛び交っていて、疲れる場面も多い。
営業で飛び回っている同期を見たりしていると、羨ましいと同時にどうして私は、なんて卑屈になったりもする。
そしてそうやって悩んでいるうちに疲れてきてしまう。
そういう時もここに逃げ込んできたりしていた。
彼の返事を聞く前に腕時計で時間を確認する。
もうすぐ終電だ。
営業に異動願いは散々出しているのに辞令が出る気配もないし、このままだとスキルアップも見込めない。家に帰って転職サイトでも登録してみようか。
そんなことを考えながらもそろそろ帰ろうか、と私はウイスキーを飲み干して荷物に手を伸ばした。
外はおそらくまだ雪が降り続いている。いくら酔って体が火照っているとはいえ、しっかりと防寒しなくては。
コートを羽織ろうとすると、隣から手が伸びてきて腕を掴まれた。
「え?」
「もう、帰られるんですか?何かご用事でも?」
「……いえ、特には。そろそろ終電の時間なので」
「僕がタクシーでお送りしますから、宜しければもう少し一緒に飲みませんか?」
そこまでして私と飲みたいなんて、変な人もいるものだな。
既に大量のアルコールを摂取している私は思考が安定していない。
誘われれば誘われるがまま、「……そういうことなら。わかりました」とコートから手を離した。
彼は、安心したように少し微笑んだ後に何を思ったか掴んでいた腕を伝い、そのまま私と手を繋ぐ。
「……何をなさってるんですか?」
「あ、すみません。嫌でしたよね」
「嫌というか、驚いただけです」
「すみません。小さくて柔らかくて、綺麗な手だなと思っていたらつい……」
その行動と恥ずかしそうな姿に少しだけときめいたのは否めない。
彼も大分酔っているのかもしれない。
目が鋭いから一見怖そうに見えるのに、言動は丁寧だしどうやら見た目よりも大分ピュアなよう。
こういうギャップに女性は惹かれていくんだろうなあ、とマスターから受け取ったウイスキーを持って考える。
私はアイツに、そんなときめきやギャップを感じさせることができなかったんだろうな。
容姿はそこまで悪くないと自負しているものの、もう一人の女性の方が綺麗で可愛くて愛嬌があってアイツをその気にさせるのが上手くて、きっと一緒にいて将来を見据えることができる存在だったのだろう。
真実はどうかはわからないものの、"私よりも魅力的な女性だったのだ"と。
そう思っていないとやってられない。
ふつふつと湧いてくる相手女性に対しての羨望と妬みが、私をどんどん醜くしているような気がした。
深い溜め息を吐くと、隣から視線を感じた。
最初のコメントを投稿しよう!