おばあさんのへそくり

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おばあさんのへそくり

「いらっしゃい。――おや、タクさん久しぶり。最近、とんと顔を見せないものだから、てっきり加減でも悪くしたのかと心配していたんですよ」 「ご主人、ご無沙汰しています。実は、いろいろありましてね、なかなかこちらにはこられませんでしたーー」 「そらぁ、生きていたら、いろいろありますがな。元気だったらそれでよろしい。ともかくお座んなさい」  店主はコップに入れた水をタクさんこと浦野タクヤの前に置いた。 「とりあえず、ご主人、いつものお願い」 「まいど。熱燗と、裂きイカの天ぷらね――。で、その格好はもしや、どなたさんか、亡くなりはった?」 「ええまぁ……、四十九日の帰りですわ」 「そらご愁傷様なことです。あんまり気を落とさんようにしてくださいよ」  そう言って店主は酒を注いでから話を続けた。 「四十九日と言えばタクさん、横田のばあさんの話を、聞きはった?」 「孤独死していた、あのタバコ屋のおばあさんのこと?」 「そうそう、その後日談」  タクヤは首を横にふった。 「他言は無用、タクさん、ここだけの話にしといてくださいよ」と言って、店主は声をひそめた。「先日、ここいらでも被害が出たあの大雨ーー」 「うちも雨漏りで、えらいことになりましたわ。たしか、鉄砲水が出たのはタバコ屋の近所だったはず」  店主の話によると、横田のばあさんが亡くなってからというもの、店舗兼住居は空き家になったままだった。先日の大雨で発生した鉄砲水のせいで、空き家が浸水するという被害にあった。 「翌日、娘さんが行って、ガレージを開けたら驚いたなんのって、腰の高さまで水が溜まっていて、水面に古い紙幣がぷかりぷかりと、浮いていたんですと」 「千円札が浮いていた!? 」 「それも大量の千円札がね」 「因みにだったんです?」 「ざっと1億」  タクヤはひぇっと奇声を発した。 「まぁ、いわゆるばあさんのというやつですわ」 「にしては金額がデカすぎやしませんか。もしや、タバコ屋の儲けを?」  この横田のばあさんは、嫁に来たときからタバコ屋を手伝っていたという。先代が亡くなり、ご主人が亡くなり、嫁である横田のばあさんだけが一人残ってタバコ屋を続けたそうだ。 「一億円を貯めるとなると、相当前から金をちょろまかしていたんじゃないかとーー」 「ほんまのタンス貯金や……」 「歳も歳だから商売をやめて、お願いだから老人ホームに入ってくれと、家族さんが説得したそうだ。けど、横田のばあさんが頑としてあの店を動かなかったのは、今にして思えば、一億もの金を残して老人ホームに入所はできひんかったのでしょうな」 「あの世にでも、持っていくつもりやったんでしょうかね。――それにしても、ガレージのぷかりぷかり浮いていた金はどこに隠していたんです?」 「聞いたところによると、ガレージの壁のに一枚一枚貼ったんやと」 「に裏金。ツゥー……。一億円を千円札で持っていたとなると、いったい……」 「ざっと十万枚や」 「うわぁー。こらたまげた。気が遠くなるような枚数ですな。それで、その一億円はどうなりました?」 「そらぁ、大変や。息子が三人おりますやろう。それぞれに嫁さん。長男さんのおめかけさんが一人。それに、じいさんのこしらえた隠し子まで出てくるしまつ。絵に描いたような骨肉の争いですわ。ーー金はあったらあったでもめる。金がなくてももめる。借金はもっともめる。結局、そこそこ生きた人間が亡くなると、故人から遠い人間ほど、あぶく銭にあやかろうと、ああでもないこうでもないと言ってくるものや」  店主はしみじみとした口調で言った。
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